牡丹の背後に立った蛟は、釣りざおで軽く自分の肩を叩きながら仮面のような笑みを浮かべた。
蛟が牡丹の姓を出した瞬間、殺気が蛟の頭に向かって迸った。
滅んだ翠月家の情報を知っている、というだけで、牡丹の中では蛟を攻撃対象に定める条件が整ってしまったようだ。強い妖気を孕んだ符が蛟の頭を囲う。
蛟を攻撃しようとした牡丹を、葉琉屠が声だけで圧した。
そこで言葉を切り、軽くため息を吐いてから恐ろしく凪いだ葉琉屠の眼が、まっすぐ牡丹を捉える。
背筋に寒気が走る。意識するより先に蛟の頭を囲っていた符術を解除し、距離を取る。
武器こそ取り出していないものの、葉琉屠がまとう威圧感は凄まじい。10年以上祓い師として妖怪と戦ってきた牡丹の動きを一瞬で拘束した。
牡丹があまりの気迫に息を飲んでいると、牡丹を庇うように百合が前に出てきた。
深々と頭を下げた百合をしばらく値踏みするように見ていたが、葉琉屠は一度眼を伏せた後、
先程までの軽いノリに戻った。
快く許した蛟にうなずいて、葉琉屠が空気を切り替えるように手を叩いた。
妖怪に案内してもらう、という事実が受け入れがたいのか、蓮斗の返答には長めの間があった。
無事に荷物の搬入と家事当番の分担が終わったところで、百合の部屋を松風と天使が訪ねてきた。
百合が名前を思い出そうとしていると、二人の方から先に名前を言ってくれた。
松風に頭を撫でてもらって嬉しそうな天使と、そんな天使を優しい微笑みで見守る松風を見て、百合の脳裏にはかすみが思い浮かんだ。
感傷に浸っている最中に呼び掛けられて、思わず変な声が出る。それを笑うこともなく、松風は少し顔を傾けて百合を心配そうに見た。
唐突な質問の意味がわからず暫し固まる。松風も言葉が足りないと思ったのか付け加えてくれる。
蓮斗は牡丹が蛟に攻撃するのを見ながら、懐から符を取り出そうとしていた。葉琉屠が止めに入らなければ確実に放たれていた攻撃だ。
二人の気遣いは正直なところ、かなりありがたい。口からため息が自然と漏れる。
牡丹も蓮斗もかなり血の気が多い。それは「荒くれ御三家」と呼ばれている近衛家の構成員と比べてもだ。
二人とも過去の因縁がそうさせるのだろうが、二人と行動することが多い百合は気疲れすることが多い。今回のひと悶着もそうだ。
百合がこぼした不安を聞いた松風と天使は顔を見合わせ、それからまた百合に向き直った。
蛟と牡丹が和解できる可能性はもう諦めていたが、二人と仲良くなれれば希望はあるかもしれない。
早速自分のスマホを出した二人は、そこらの人間が見れば普通の女子大生・女子高生だろう。百合もなんだか気が楽になってきた。
波乱含みで始まった共同生活。不安はあれど、百合は一風変わった新たな友人とのこれからに心を踊らせるのだった。




















編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!