第5話

五の怪、疑い
15
2026/01/03 03:31 更新
百合の部屋から出た瞬間、松風の背後に蓮斗が立った。
近衛蓮斗
近衛蓮斗
ねえ、妹になにしてたの?
松風
松風
(やっぱり来ましたか...)
妖怪憎しの一念だけで生き残ってきたような蓮斗が突っかかってくるのはわかっていたが、これはかなり面倒くさい。松風の影に隠れる天使の頭を撫でながら、ため息をついて応対する。
松風
松風
私達は百合さんが心配で様子を伺いに行っただけですよ
近衛蓮斗
近衛蓮斗
心配?妖怪がなんで人間を心配するの
ますますいぶかしげになった蓮斗に、「あなた達が物騒なせいで百合さんが気疲れしていないか気になっただけです」という訪問理由を馬鹿正直に言おうものならどんな逆噴射が来るか想像するだに面倒くさい。
松風
松風
長時間の移動や不慣れな環境でストレスが
かかっていないかと思っただけです
近衛蓮斗
近衛蓮斗
いきなり見ず知らずの妖怪が部屋に来た方が疲れると思うけど
近衛蓮斗
近衛蓮斗
そもそも、妖怪が人間を心配するっていうこと自体怪しい
失礼なことを言ってくれた蓮斗に、松風の影から天使が抗議する。
天使
天使
わ、私達をその辺の人喰い妖怪と一緒にしないでよ!
このおうちの大事なお客さんなんだから、心配くらいするよ!
天使の言い分を信じられない様子でしばらく二人を観察していたが、やがて蓮斗は踵を返した。
近衛蓮斗
近衛蓮斗
これ以上妖怪に時間を取るのもバカみたいだね。
僕はお役目があるから現場に行ってくるよ
スタスタ歩き去っていく蓮斗の背中を見ながら、松風は深いため息をついた。
松風
松風
(すみません百合さん。仲良くなるのは難しそうです)
厨房につくと、作業が一段落ついたらしい蛟に天使が半べそで駆け寄った。
天使
天使
みーく~ん
_蛟@みずち_
みずち
おーよしよし。どうしたんだ?天
抱きついてきた天使の頭を子供をあやすように撫でながら、蛟が聞いた。
天使
天使
蓮斗さん怖いよぅ~。私も松姐も百合ちゃんと
仲良くおしゃべりしてただけなのに~
天使
天使
「妖怪が人間を心配するなんて怪しい」
って...イヤミ~な感じでさ~~~
_蛟@みずち_
みずち
そっかそっか。怖かったな~
天使
天使
怖かったよぅ~~~
蛟のエプロンで鼻水を拭きながらえんえん泣き続ける天使を見て、茉莉花が手を拭きながらため息をついた。
九条茉莉花
九条茉莉花
これは重症だね...心がある妖怪がいること自体知らないんだ
妖怪にも種類がある。ひとつは人間を食べ物としか見ていない人喰い妖怪。もうひとつは人間社会に馴染もうとする別枠。天使達は後者だ。
人喰いのほうが圧倒的に多いが、天使達のような心ある妖怪だって一定数存在している。九条のお役目はそういった妖怪をなるべく多く見つけ、保護することだ。人を喰べない妖怪は人喰い妖怪から排斥されやすい。
妖怪の“討伐”を主なお役目とする近衛の中でもその傾向が強い蓮斗や牡丹からすれば、確かに百合を心配する松風と天使の行動は異様に見えるだろう。
九条桂里奈
九条桂里奈
別枠のことは知識としては知ってても、
本当の意味はわかってないって感じじゃない?
九条桂里奈
九条桂里奈
土地神とかとはまた違うからねぇ
大学の課題を終えて戻ってきた桂里奈が会話に参加する。供物と引き換えにその土地の人間を護る守護神である土地神は祓い師の間では触れてはならぬ存在であり、一体でも欠ければ土地神同士の権力争いが巻き起こるのでそれは道理だ。土地神はその土地の人間以外は気分によっては喰べたり拐ったりするので警戒対象ではある。
別枠は人間の食べ物を食べ、人間の姿に擬態し、人間と同じ衣服を着て、人間の社会に溶け込んで生活しているので、それらとは一線を画する。できれば平穏にひっそりと生きていたい妖怪達なのだ。
九条茉莉花
九条茉莉花
感覚として受け入れがたいのもあるかもね。蓮斗くんや
牡丹ちゃんの事情も事情だし、なにより百合ちゃんを守らなきゃ
って自分にプレッシャーかけちゃってるんだよ。たぶん
九条茉莉花
九条茉莉花
ところで3人は蓮斗くんと牡丹ちゃんと仲良くできそう?
松風
松風
検討中
天使
天使
ちょっと無理...
_蛟@みずち_
みずち
だいぶ無理
快い返事はひとつもなく、茉莉花と桂里奈は姉妹揃って肩を落とした。これでは当分家の中はぎくしゃくしそうだ。
_蛟@みずち_
みずち
そういえば葉琉屠は?家にいないみたいだけど
蛟の言う通り、近衛兄妹と牡丹の荷物を屋敷に搬入する作業が終わってから葉琉屠の姿が見えない。どこに行ったんだろうか。
九条桂里奈
九条桂里奈
また道場か部屋じゃない?なんかあったら
行くとこなんて大体決まってるし
桂里奈がどうでもよさそうな口振りで推測を口にする。葉琉屠が行くなら離れの道場か自室だろう。
九条茉莉花
九条茉莉花
部屋はないでしょ。さっきヒカリが掃除するからって追い出してたし
九条桂里奈
九条桂里奈
あ、そっか。じゃあ道場かな?
_蛟@みずち_
みずち
まー別にどこにいてもいいけどね
蛟の若干冷たい発言の末尾が終わるくらいのタイミングで、階段から濡れた雑巾と絡まりあった水色の塊が転がり落ちてきた。
ヒカリ
ヒカリ
たたたたいへんですぅぅーーー!!
九条桂里奈
九条桂里奈
ヒカリ!どうしたの!?
葉琉屠の部屋を掃除していた桂里奈の式神・ヒカリが泡を食って出てきた。近寄った桂里奈に飛び付く。
ヒカリ
ヒカリ
は、葉琉屠さまのお部屋から見えたのですが...
ヒカリ
ヒカリ
近所の路地裏で葉琉屠さまと牡丹さんが
タイマン張ってますぅぅーーー!
全員
はぁ!?!?
松風
松風
なぜそんなことに...
天使
天使
わからないけど、ヒカリちゃん、結界は!?
ヒカリ
ヒカリ
い、一応張ってありました...
九条茉莉花
九条茉莉花
とにかく行くしかないでしょ。みんな出掛ける準備して
茉莉花の号令で全員が一目散に玄関に向かった。
なぜ祓い師同士がタイマンを張っているのか。そもそも祓い師同士の喧嘩は御法度のはずではなかったのか。
謎は尽きないが、放置するわけにもいかないのでひとまず喧嘩を止めてから事情聴取をすることにした。

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