百合の部屋から出た瞬間、松風の背後に蓮斗が立った。
妖怪憎しの一念だけで生き残ってきたような蓮斗が突っかかってくるのはわかっていたが、これはかなり面倒くさい。松風の影に隠れる天使の頭を撫でながら、ため息をついて応対する。
ますますいぶかしげになった蓮斗に、「あなた達が物騒なせいで百合さんが気疲れしていないか気になっただけです」という訪問理由を馬鹿正直に言おうものならどんな逆噴射が来るか想像するだに面倒くさい。
失礼なことを言ってくれた蓮斗に、松風の影から天使が抗議する。
天使の言い分を信じられない様子でしばらく二人を観察していたが、やがて蓮斗は踵を返した。
スタスタ歩き去っていく蓮斗の背中を見ながら、松風は深いため息をついた。
厨房につくと、作業が一段落ついたらしい蛟に天使が半べそで駆け寄った。
抱きついてきた天使の頭を子供をあやすように撫でながら、蛟が聞いた。
蛟のエプロンで鼻水を拭きながらえんえん泣き続ける天使を見て、茉莉花が手を拭きながらため息をついた。
妖怪にも種類がある。ひとつは人間を食べ物としか見ていない人喰い妖怪。もうひとつは人間社会に馴染もうとする別枠。天使達は後者だ。
人喰いのほうが圧倒的に多いが、天使達のような心ある妖怪だって一定数存在している。九条のお役目はそういった妖怪をなるべく多く見つけ、保護することだ。人を喰べない妖怪は人喰い妖怪から排斥されやすい。
妖怪の“討伐”を主なお役目とする近衛の中でもその傾向が強い蓮斗や牡丹からすれば、確かに百合を心配する松風と天使の行動は異様に見えるだろう。
大学の課題を終えて戻ってきた桂里奈が会話に参加する。供物と引き換えにその土地の人間を護る守護神である土地神は祓い師の間では触れてはならぬ存在であり、一体でも欠ければ土地神同士の権力争いが巻き起こるのでそれは道理だ。土地神はその土地の人間以外は気分によっては喰べたり拐ったりするので警戒対象ではある。
別枠は人間の食べ物を食べ、人間の姿に擬態し、人間と同じ衣服を着て、人間の社会に溶け込んで生活しているので、それらとは一線を画する。できれば平穏にひっそりと生きていたい妖怪達なのだ。
快い返事はひとつもなく、茉莉花と桂里奈は姉妹揃って肩を落とした。これでは当分家の中はぎくしゃくしそうだ。
蛟の言う通り、近衛兄妹と牡丹の荷物を屋敷に搬入する作業が終わってから葉琉屠の姿が見えない。どこに行ったんだろうか。
桂里奈がどうでもよさそうな口振りで推測を口にする。葉琉屠が行くなら離れの道場か自室だろう。
蛟の若干冷たい発言の末尾が終わるくらいのタイミングで、階段から濡れた雑巾と絡まりあった水色の塊が転がり落ちてきた。
葉琉屠の部屋を掃除していた桂里奈の式神・ヒカリが泡を食って出てきた。近寄った桂里奈に飛び付く。
茉莉花の号令で全員が一目散に玄関に向かった。
なぜ祓い師同士がタイマンを張っているのか。そもそも祓い師同士の喧嘩は御法度のはずではなかったのか。
謎は尽きないが、放置するわけにもいかないのでひとまず喧嘩を止めてから事情聴取をすることにした。


















編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。