春の始まり。
始業式の朝、校舎の廊下に貼り出されたクラス表を見上げる佐久間。
制服の袖をきゅっと握りしめる指先が、微かに震えていた。
阿部と同じクラスじゃない現実に、小さく息を詰める。
けど、笑顔を作るんだ。阿部に「平気だよ」って言いたかったから。
昼休み、息を切らして屋上の扉を開ける。
そこには、いつものように待ってくれている阿部の姿。
笑顔を向けると、阿部は少し困ったように笑って、小さくため息をついた。
佐久間は胸の奥がチクリと痛んだが、いつものように笑った。
放課後、並んで歩く二人の影が長く伸びる。
信号待ちで、そっと肩が触れる。阿部は何気なく佐久間の袖を掴んだ。
その仕草だけで、佐久間は安心するんだ。
阿部が自分を必要としてくれてる気がして。
放課後の帰り道、コンビニでチョコミントのアイスを買う二人。
阿部は
と言って苦手なはずのチョコミントを手に取った。
一口食べて顔をしかめる阿部。
そんな言葉が、どれだけ嬉しかったか――
でも、教室では阿部といる時の温かさとは違った。
朝、机の中に捻じ込まれた生ゴミ。
鼻を突く臭いに、吐き気をこらえて震える指で机の中を掃除する佐久間。
背後からの嘲笑。
声が小さくても、心を深くえぐる。
それでも昼休みは屋上へ行く。
阿部ちゃんが待っているから。
階段を駆け上がる足取りだけは軽い。
扉を開けるとき、深呼吸して笑顔を作る。
阿部が
と言うと佐久間は決まって
と返す。
そう言って笑う佐久間の笑顔は本物だった。
たった今までは苦しかったのに、阿部の顔を見ると本当に安心するんだ。
だけど、いじめはエスカレートしていった。
体育館裏に呼び出された日。
嫌な予感がして、足がすくんだ。
倉庫の奥、数人に囲まれて、背中を壁に押しつけられる。
顔面を平手で叩かれ、視界が揺れた。
息が荒くなる。
視界が滲んで、涙がこぼれそうになる。
でも震える唇を噛み締めても、涙は止まらなかった。
数日後の放課後。
佐久間は屋上のベンチに阿部を座らせると、自販機で買ったオレンジジュースを渡した。
言ってから佐久間の顔は真っ赤になる。
阿部は少し照れた顔をしてから、ストローをくわえて一口飲んだ。
夏祭りの約束をした日。
校舎の裏庭で二人並んで座っていると、阿部が言った。
阿部が笑う。その笑顔だけで心が満たされた。
でも、いじめは止まらなかった。
朝、机の中に使用済みの雑巾が詰め込まれていた。
腐った牛乳の匂いで吐き気がして、後ろの席の子が小さく笑った。
でも阿部の笑顔を思い出して、踏みとどまった。
梅雨。
びしょ濡れの佐久間が玄関で待っていた。
阿部はため息をつきながらも、傘を差し出した。
雨に濡れた佐久間の髪から落ちる雫を、阿部は指で払った。
一瞬、佐久間は小さく目を伏せて「ありがと」とつぶやいた。
七夕の日。
佐久間は一枚の短冊に願い事を書いていた。
それを誰かに破かれても、佐久間は泣きそうな顔をぐっとこらえて、新しい短冊に同じ願いを書き直した。













![⛄💜17時のスイッチ[完結]](https://novel-img-gcs.prepics-cdn.com/prcmnovel-tokyo-prod-converted-images/p/EOkNL2MhxNOnLeVbLBmpGszqo363/cover/01KDMET6R8CVT70D1RTK9AKTAJ_resized_240x340.jpg)


編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。