第8話

彼女はもう歌えない
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2025/08/30 13:21 更新






背の高い女性が目の前に立っている。
彼女はおれがいることに気づき微笑む。










『愛しいあなたへの歌よ』









そう言うと、彼女は声高らかに歌い出した。


懐かしくて、温かい。


でも、この声を聴いているとなんだか怖くなる。


彼女が遠くに行ってしまうような。


そばへ寄ろうとするが
彼女とおれの距離は不思議と離れていく。



『、、、、!』


『、、さん、!!』











『かあさんっ、!!』










はあっ!!!!
晴琥
起きた?
いつのまにか寝てたのか…
晴琥
うん、昨日のお祭りの後からずっと
晴琥
今日が日曜日で良かったね
時計を見ると13時だと気づく。
爆睡じゃん…
晴琥
食欲は?
ある…
晴琥
ご飯作っといたから食べよ
晴琥ってご飯作れたんだ
晴琥
僕をなんだと思ってるの?


雑談をしながら2人でご飯を食べる。

晴琥
うなされてたけど、怖い夢でも見た?
まあ、そうかな
晴琥
どんなの?
お化けが出てくるやつ
晴琥
(さすがに誤魔化せないか)
…母さんの夢だよ
晴琥
お母さんの?
おれの母さん、もういないんだよ。
晴琥
いない…?
うん
聞いてもいいけど、暗い話だよ?

晴琥が箸を置いて食べるのをやめる。
晴琥
聞きたい。
母はとても綺麗な声の持ち主だった。そして、母の血を“継がなかった”はずのおれも、生まれつき透き通った声をしていた。


おれはいわゆる孤児というもので、街に捨てられているところを彼女に保護され、親子となったのだ。


血の繋がりはなく、髪の色、目の形、笑い方、
何もかもが違かったが唯一同じなのは




歌が好きなところ。



これからもあなたと過ごしたいわ
毎日こうして、一緒に歌いましょう






彼女は“母”であり“親友”だった。









何もかもが変わってしまったのは


中学2年生の夏。


おれたちは近所の夏祭りで歌を披露した。
初めての舞台にしてはうまくいったと思う。
楽しかったな
そうね。今日は美味しいものをいっぱい食べて帰りましょうか!
そうだね
あっちの屋台なんだろう



あのとき、彼女から目を離してしまったことを
酷く後悔している。


通行人
きゃあああ!!
!?

振り向くと、そこには血まみれの母が倒れていて

通行人の罵声や悲鳴、落ちている刃物、そして取り押さえられている男を見てようやく、母は通り魔に刺されたのだと気づく。
はぁ…っ!!…っ!!!!


声にならない叫びだった。


かあ、、っ、、さん、っ!!!!
いやだぁ、、、っ


その後救急車で病院へ運ばれたが、運悪く刺されたのは喉で、帰らぬ人となった。



『毎日こうして、一緒に歌いましょう』



そう言ってくれた彼女との日々は夏祭りで終わった。
ほんとは夏祭りも行きたくなかったけど、いつまでも引きずってられないと思って今年は行ったんだ
まさか、また舞台に立つとは思ってなかったけど
晴琥
じゃあ、律があのとき泣いてたのは、
母の最期の歌を思い出してしまって
晴琥
そうだったんだ…
ごめん、なんだか疲れてきちゃった
少し休んできていいかな?
晴琥
(まあトラウマを話すのは体力使うよな…)
晴琥
うん
晴琥
話してくれてありがとう

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