第32話

夜風の中で二人きりな件
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2020/03/22 15:00
卯月 心春
卯月 心春
(風・・・・・・吹いてる)
葵に連れられ、私はホテルの最上階にある、バルコニーに来ていた
満天の星が夜空を彩り、心地よい涼しい風が、ほどよく体温を下げてくれる
夜景も綺麗で、見下ろせば沢山の街灯の光が爛々と輝き、豆粒サイズになった大勢の人達が行き交っていて、まだ街は眠っていないことを表していた
葵は無言でココアの缶を空け、あおるように喉を鳴らした
神野 葵
神野 葵
ん、美味い
卯月 心春
卯月 心春
よかった。花恋から甘党って聞いて買ってみたの
神野 葵
神野 葵
ああ、俺ココア好きだから
卯月 心春
卯月 心春
・・・・・・なんか意外かも
神野 葵
神野 葵
どうして?
卯月 心春
卯月 心春
コーヒーとか、ストレートで飲んでそうだから
神野 葵
神野 葵
なにそれ。俺コーヒーとか飲もうとしたこともない
くすりと、可笑しそうに笑う葵
バルコニーの柵に腕を置き、軽く前のめりになる
葵の隣で、同じように柵に体重をかけ、景色を眺めた
葵の横顔は、どこか儚げで、美しい
ぼーっと見つめていると、不意に葵がこちらを向いた
神野 葵
神野 葵
どうした?
卯月 心春
卯月 心春
えっ、やっ、なんでもない・・・・・・
見惚れてました、なんて口が裂けても言えないよ・・・・・・
ぶんぶんと手を振って全身で否定する
それでも、私から目を離さない葵との間に、少し気まずい空気が流れた
お互いに無言
まるで、出会った初日に目が合った時みたいに
でも、その日とは何かが違うように思えた
心の中なのか、雰囲気なのか・・・・・・それとも別の何かなのか
何が違うんだろう?
神野 葵
神野 葵
心春
卯月 心春
卯月 心春
ひゃいっ!
違和感の正体を考えていると、突然葵から名前を呼ばれ、反射的に変な声が出た
ひゃいって何・・・・・・?!
ま、まあ仕方ないよね。反射っていうのは、そこはどうしようもないし・・・・・・?
卯月 心春
卯月 心春
ど、どうしたの?
気を入れ直し、改めて葵に問うと、一瞬の間の後、じっと見つめられたまま、尋ねられた
神野 葵
神野 葵
樹里とは、どういう関係?
卯月 心春
卯月 心春
樹里と・・・・・・?
なんでそんなこと聞いてくるんだろ?
私と樹里の関係は、他の生徒に伝わっていないだけで、葵は知ってるはず。同じ班になる時に言っておいたもん
卯月 心春
卯月 心春
ただの幼馴染・・・・・・だよ?
一瞬、頭の片隅に仕舞ってあった、昼間の事件が過ぎる
ただの、幼馴染・・・・・・そうだよね?
なんだか、分からなくなっちゃった・・・・・・
神野 葵
神野 葵
そっか。幼馴染か
納得はしてないみたいだけど、安心したように胸を撫で下ろす葵
で、でも樹里にあんなこと言われちゃったし、ただの幼馴染じゃないの、かな
花恋に相談するつもりだったけど、もしかして男の子だし、葵に相談するのもあり?
だけど葵は何も関係ないし・・・・・・やっぱりダメかぁ
ふぅと思い直し、私は葵を見つめ返した
私が小さく微笑むと、葵も微笑み返してくれる
というか、本当に綺麗な顔立ちしてるし・・・・・・
薄い雲の隙間から、月明かりが差し込み、彼を照らした
神秘的な輝きに当てられて、いつもの数倍、かっこよさが増す
神野 葵
神野 葵
なあ、心春
卯月 心春
卯月 心春
うん?
本日何度目かの見惚れタイムを体感していると、葵は独り言を呟くように、声を漏らす
神野 葵
神野 葵
もしさ、俺がお前以外のやつを好きって言ったら・・・・・・どうする?
卯月 心春
卯月 心春
へっ?
また唐突に、不思議な質問をしてきた
あ、もしかして・・・・・・花恋かな?
もちろん応援するよ─────そう、言うはずだった
だけど、私の口は、その通りに動くどころか・・・・・・一瞬で凍らされてしまったかのように、微動だにしなかった
卯月 心春
卯月 心春
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・っ
言えない。言いたくない
葵の幸せを応援する、なんて、友達として当たり前のはずなのに
どうして、嫌なの・・・・・・?
何一つ答えられずに黙り込んでいると、葵が動揺したように顔を歪めた
私が、困惑と自分への不信感を募らせていると、ふと葵の指が、私の目の縁を撫でた
卯月 心春
卯月 心春
あお、い?
神野 葵
神野 葵
心春・・・・・・お前、なんで泣いてんだ
卯月 心春
卯月 心春
え・・・・・・・・・・・・・・・・・・?
葵の人差し指には、一粒の水滴が乗っていた
それは紛れもなく、私から零れたもので
そっと、自分の指を目元に当てると、ぽろぽろと流れる水に触れた
な、んで・・・・・・泣いてるの?
卯月 心春
卯月 心春
ご、ごめん・・・・・・っ。目に何か入ったのかな。あはは・・・・・・
慌てて取り繕い、嘘を並べる
本当は、ゴミや塵が、目に入って痛かったんじゃない
理由なんて、今の私には分かりっこなかった
疑問だけが脳内を占拠し、思考能力を奪う
訳が分からない・・・・・・どうして涙が出るのかも、どうして素直に応援できないのかも
ただ、胸が、ずきんと軋むように痛いだけで。その痛みだけは、無駄にリアルに感じられて
私って・・・・・・何がしたいの?
何を求めているの?
どうすればいいの?
・・・・・・・・・・・・・・・・・わからない
わからないから、更に気持ちが複雑に交わってしまう
解けることのない糸が絡み合っているみたいに
卯月 心春
卯月 心春
な、なんでもないよ・・・・・・ほんとに、なんでもないから
神野 葵
神野 葵
心春
いつもとは違う声色で名前を呼ばれた直後、私の体は強い力で引き寄せられた
とんっと当たったのは─────葵の体
葵のしなやかな腕は私の背に回され、要するに私は、葵に抱擁されていた
じんわりと、肌を通して葵の温もりが伝わってくる
それと同時に、鼓動も感じられた
どくん、どくんと早く脈打っている
まるでそれは、緊張しているような速さで
涙が滲んだまま、無我夢中でぎゅっと葵のえりを握りしめた
胸板に額を押し当てると、背中に回る葵の腕に、さらに力がこもる
神野 葵
神野 葵
泣き止むまで、付き合ってやるから
甘い声で、囁くように零れた葵の言葉に、私の涙腺は崩れ、せきを切ったように涙が溢れた
理由なんてわからない。どうして泣きたくなったのか
どうして思うように体が動かなかったのか
どうして・・・・・・葵に抱き締められると、こんなにも安心してしまうのか
卯月 心春
卯月 心春
っ・・・・・・ひっく・・・・・・・・・ぅぅ
でも、今だけは──────









この時間を貪るように、私は葵の衿がびしょ濡れになるまで泣き続けた
そんな私を、葵はその言葉通りに、何も言わずにただ温もりで包み込んでくれていた

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