9月。
♪「カランコロン」
健一がドアを開ける。
コックさん「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
コックさんが微笑む。コックさんの周りには温かな音が広がった。
健一「1人…です」
コックさん「カウンターどうぞ。」
健一はカウンター席からコックさんを眺める。
そして、音を楽しむ。
包丁の音。炒める音。前より聴こえる鼻歌。
健一 (やっぱり、聴いたことある気がする…)
コックさん「どうぞ。ミックスフライです。」
大きなエビフライにコロッケ、ヘレカツがギュッと肩を寄せ合っていた。
健一の心にはあの温かな音が鳴った。
——別の日。
♪「カランコロン」
レストランのドアが開く
カウンターに座る健一の元にハンバーグが運ばれてきた。
コックさん「どうぞ、ハンバーグです!」
やっぱり健一の心に跳ねるような音が鳴った。
——さらに別の日。
店の外。変わりつつある葉の色。少しだけ涼しい風。
健一は迷わずドアを開ける。
コックさんが微笑む。
コックさん「今日もカウンターどうぞ」
健一は心からの笑顔を見せた。
健一 (覚えてもらってたんだ!"今日も"だって)
カウンターのいつもとは逆の端に座った。
音を楽しむ健一。
ふと、いつもの場所からは見えなかった壁に額縁がかかっているのに気づいた。文字が小さくて読めないが、下の方に「小川」と書いてあるのが見えた。
健一は少し嬉しそうな表情を見せた。
コックさん「はい、コロッケランチです!」
コロッケが3つと小さなハンバーグ。
今日はいつも以上に華やかな音が鳴った。
ーーー幸せそうに食べる健一を幸せそうに見つめるコックさんがいた。
本格的に色付き始めた街路樹の木々。
健一は新曲の提供のために会社を訪れていた。
青白い雰囲気の会議室。
健一の向かいには、偉そうに座るスーツを着た大人が3人。
会社の人「もう少し派手にしたいかな。できない?」
健一「僕はこれ以上いじると纏まりがなくな」
会社の人「纏まるように君がするんだよ」
健一「いや…でも…」
周りから聞こえる溜息。被せ気味に否定される意見。
会社の人「まぁ次までになんとかしといて」
折り合いのつかないまま、終わった会議。
窓の外はすでに薄暗くなっていた。
健一「せっかく会社に来たからお昼はレストランって思ってたのにー!結局抜きになったじゃん!」
お腹をさすりながら、行き場のない思いを独り言として吐き出した。
健一「今日は自分も会社の人達も酷く冷たい色をぶつけ合ってしまった。」
健一(冷たい色を吐き出すのも、受け取るのも苦手だ。
でも、感情のない透明な曲を無心で作ることだけは何があっても避けたかった。)
健一「色のない音楽は音楽じゃない」
健一は言い聞かせるように独り言ちた。
帰り道、レストランが見える。
中に入っていく老夫婦。
健一 「そうか、ディナー!」
健一の足取りが軽くなる。迷わずドアの前に立った。
健一はレストランの前で一瞬立ち止まる。
窓の向こう、老夫婦が笑っている。
健一は小さく息を吸った。
カランコロン。
ドアの向こうは、今日も温かい色をしていた。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。