〈数日前〉
春美は、今日も僕に挨拶をしないで、学校に行ってしまった。
この数か月、いっつもこうだ。僕に顔を合わせずに学校に行って、帰っていると気付いたら既に部屋に籠もっている。最後に顔を見たのは、また一ヶ月ほど前だ。そのときでさえ、目の下のクマが大きくて、不健康な見た目をしていた。
実は、春美が家にいる頃、時々部屋に耳を傾けてみていたのだ。そのたんびに、小さくすすり泣く声が聞こえていていた。春美らしくない、弱々しい声だった。勿論、確信しているわけではないけど…。
このまま、春美と話せなくなるのはイヤだからね。家族なんだから!
そう決意して、僕は教材を持ったまま、理科室に行く足を速めた。でも、そのとき。
ドンッ
前をちゃんと見ていなかったからか、曲がり角から出てきた人にぶつかってしまう。速度を上げていたせいか、目の前の人はバランスを保てずに転んでしまった。
焦って、咄嗟に手を伸ばし、その人の眼鏡を拾う。自分もしゃがみ込み、顔がしっかりと向き合うようにする。
顔をあげたそのとき、僕はしばらく目を離すことが出来なかった。
この人、僕に似てる?髪色も、顔立ちも、僕にそっくり。
けど、それ以上に……。
『それではご覧ください!』
綺麗な女の人の声が、頭の中に鳴り響く。初めて聞いたのに、何故か、胸の中がザワザワしている。
『ID-F86はこの惑星に飛来して以来、多くの原生種に対し侵略活動を続けてきました』
『危険性を憂慮した研究対策チームはその対象を捕獲』
『以来、当研究所にてID-F86の持つ空間転移能力の研究開発が始まり』
絶え間なく鳴り響くその声が、僕の心を恐怖で埋め尽くしていく。なんで、怖いのかも分からない。ただ、この声が止まってくれるだけでいい。
そんな僕の願いも虚しく、今度はそれに加えて、色んな声が混ざってしまう。
怖い声だけじゃなくて、懐かしい気がする声もある。心なしか、春美や晴くんに似てる感じがした。でも、僕はだんだんと息が荒くなる。
誰か、助けて。
誰か…。もう、聞きたくないっ、
目の前の人にそう言われて、僕の頭の中に鳴り響いてた声は、ピタリと止んだ。僕の体に響いているのは、鼓動と荒い呼吸のみ。
指示通りに行動する。今、彼が何を思っているのかは知らないけど、僕の呼吸は少しずつ落ち着いてくる。
殆ど、無意識に声が出た。
そんなことは、全く考えていなかったけど、心の中の誰かが、僕の口を借りて言った。
あれ。
自分の言ったことが理解できない。今さっき頭に流れた映像は、今まで見たことがないはずのものなのに。…なのに……、なんで…。この胸の中で荒ぶっている感情は、誰のものなんだろう。
少しの間、沈黙が走る。お互い体制を変えないで、そのまま。やがて、授業を始める知らせのチャイムが鳴り響いた。
彼が口を開く。僕はハッとして、目の前の男に顔を向ける。
それだけ言い、彼は僕が落とした眼鏡を拾って立ち上がる。
彼…莉付は自身の名前など、簡単な自己紹介をして、僕の顔を見る。莉付は、僕のことをジッと見つめたまま続ける。
僕の紹介も終えると、莉付は「そうか」とだけ返して、元々歩き進めていた方角へ体を向けた。
そう言って、莉付は背を向けて歩き始めた。
しばらくその背中を眺めていたけれど、授業のことを思い出して、僕は理科室に急いだ。
何を思っているのかは知らないが、凛は上の空の様子でリュックに教科書をしまっている。時々教科書の端が突っかかっていたりするが、まあ無理もない。
眼鏡をしっかりとかけ直して、扉に数回ノックをする。
対応してくれた女生徒は頷くと、声を張って凛の方向を向いた。
凛は慌ててリュックを背負い、駆け足でこちらに向かった。女生徒には軽く感謝を伝えて、ゆっくりと私の顔を見上げる。
軽く口角を上げて、そう提案する。凛は少し驚いたようで、その後の言葉は上手く話せなくなってしまっている。
おどおどと戸惑っている様子を見ると、少し腹が立ってきた。凛の手を力強く掴み、昇降口に向かって足を動かした。体を引っ張られたせいで、凛はしばらく自分の足を動かすことが出来ない。
「カービィ」
その単語を聞いた途端、凛は足を止めた。振り返ると、私の顔を眉をひそめながら見つめている。
やはり、先刻の出来事で思い出しているか。
顔を進行方向に向き直して、私は歩くのを再開した。
凛は私に手を引かれたまま、ぼそりとその名を呟いた。
とは言え、越してきたばかりなので、この地にさほど詳しいわけではない。人気がない場所を凛に聞くと、家に近い公園を提案されたので、そこに向かった。
椅子に腰をかけ一息つくと、凛が話を切り出す。
それどころか、記憶が本当に正しいのか疑い始めてきたようだ。無理もない、それを思い出したのは数時間前のこと、定着するには時間がかかるだろう。
眼鏡を外して、私は答える。転校したと同時に伊達眼鏡をかけ始めたが、邪魔で仕方が無い。
少し気まずそうに、凛は相槌を打つ。私としては本当に気にしていないのだが、親の話で変なことを考えているのだろうか。
まあ、今はどうでもいい。
その場に少し沈黙が走る。このことを話すか、迷ったのだ。
正直、自分には関係のないことだ。前世の私と比べたらまともな扱いだったし、彼に絡んでいる女生徒で対応できそうではある。
凛の顔を見る。私が何を話すのか、興味深そうな顔をしてジッとしている。
その心の奥では、きっと彼のことを考えているのだろう。
ため息を吐き、拳を軽く握った後、喉から言葉を吐き出した。
私が見たことを聞いてくれるか。
凛に、そう伝えた。
凛も何か察していたのだろうか。自分の兄に、何かしらの異変が起きていると。
数秒間黙った後、凛は何かを決意したのか、静かに頷いた。
〈起動開始……〉
〈成功しました〉
〈新たに観察できる個体が増えました。よって、その個体の情報を表示します〉
〈ダウンロード開始……成功しました〉
〈また、個体『星彩凛』の称号の読み取りに成功しました〉
〈データ更新……成功しました〉
〈情報を表示します〉

『星彩 凛』
エフィリンの生まれ変わり。
江野原中学校 一年一組 13歳 男
異母兄と暮らしている。
《所持している称号》
•再度生を受ケル者
•時空を超エル者←new

『杉原 莉付』
フェクト•エフィリスの生まれ変わり
江野原中学校 三年三組 15歳 男
社会人の兄と暮らしている。
《所持している称号》
•再度生を受ケル者
•時空を超エル者
〈……制限の限界が来ました。**は活動を停止します〉
〈シャットダウン開始……〉















編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。