部屋を支配していたのは、重苦しい沈黙と、窓を叩く雨音だけだった。
蓮に顎を持ち上げられ、視線を強制的に合わされた紬は、涙で濡れた瞳をそらそうとはしなかった。
そう吐き捨てた蓮の瞳は、いつもよりずっと暗く、濁っているように見えた。紬は、彼の手のひらが微かに震えていることに気づく。
この人は、今、私を慰めているんじゃない。私という鏡を見て、自分自身の孤独に怯えているんだ。
紬は震える手を伸ばし、蓮の頬にそっと触れた。 アイドルとして完璧に作り込まれた、滑らかな肌。けれど、その奥にある熱は、今にも消えそうなほど脆く感じられた。
蓮の瞳が、驚愕に揺れる。
紬は静かに、けれど逃れられないほどの確信を持って、蓮が最も欲していた言葉を口にした。
その瞬間。 蓮の中で、張り詰めていた何かが音を立てて砕け散った。
今まで、世界中から「愛している」と言われてきた。けれど、それは「光り輝くアイドル」に向けられた言葉でしかなかった。 泥の中に沈み、誰にも見せたくなかった「醜い自分」を、この少女はそのまま受け入れ、あろうことか「救い」だと言ったのだ。
蓮の声が、湿った熱を帯びて掠れる。 彼は紬の顎から手を離すと、そのまま彼女を壊れ物を扱うように、けれど逃がさないほど強く抱き寄せた。
紬の肩に顔を埋めた蓮の、熱い吐息が首筋にかかる。
今まで、紬を「追い出したい」と思っていたのは、彼女に自分と同じ匂いを感じ、引きずり込まれるのが怖かったからだ。 けれど、もう遅かった。 蓮は今、自分の人生をかけて、この「泥の中に咲く紬」を独占することを決意した。
背中を抱きしめる腕に、さらに力がこもる。 それは、義兄という仮面が剥がれ落ち、一人の「男」としての渇望が剥き出しになった瞬間だった。














編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。