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第5話

第五話:仮面が剥がれ落ちる音
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2026/01/15 08:12 更新
部屋を支配していたのは、重苦しい沈黙と、窓を叩く雨音だけだった。  
蓮に顎を持ち上げられ、視線を強制的に合わされた紬は、涙で濡れた瞳をそらそうとはしなかった。
蝶野 蓮
蝶野 蓮
二人で沈んでやればいいだろ
そう吐き捨てた蓮の瞳は、いつもよりずっと暗く、濁っているように見えた。紬は、彼の手のひらが微かに震えていることに気づく。    
この人は、今、私を慰めているんじゃない。私という鏡を見て、自分自身の孤独に怯えているんだ。
蝶野紬
蝶野紬
……蓮さん
紬は震える手を伸ばし、蓮の頬にそっと触れた。  アイドルとして完璧に作り込まれた、滑らかな肌。けれど、その奥にある熱は、今にも消えそうなほど脆く感じられた。
蝶野紬
蝶野紬
そんな顔、しないで。……カメラの前で笑うみたいに、無理して私を突き放さなくていいよ
蓮の瞳が、驚愕に揺れる。
蝶野 蓮
蝶野 蓮
お前に、何がわかる
蝶野紬
蝶野紬
わかるよ。……だって、今のあなたは、七歳の時に取り残された私と同じ目をしてる。……ねえ、蓮さん。ここにはファンも、カメラも、あなたを品定めする大人もいない
紬は静かに、けれど逃れられないほどの確信を持って、蓮が最も欲していた言葉を口にした。
蝶野紬
蝶野紬
無理に『ren』でいなくていい。……泥だらけのまま、ただの『蓮』として、私の隣で息をしてて。それだけで、私は救われるから
その瞬間。  蓮の中で、張り詰めていた何かが音を立てて砕け散った。

 今まで、世界中から「愛している」と言われてきた。けれど、それは「光り輝くアイドル」に向けられた言葉でしかなかった。  泥の中に沈み、誰にも見せたくなかった「醜い自分」を、この少女はそのまま受け入れ、あろうことか「救い」だと言ったのだ。
蝶野 蓮
蝶野 蓮
っ、お前……本当に、バカだな
蓮の声が、湿った熱を帯びて掠れる。  彼は紬の顎から手を離すと、そのまま彼女を壊れ物を扱うように、けれど逃がさないほど強く抱き寄せた。

 紬の肩に顔を埋めた蓮の、熱い吐息が首筋にかかる。
蝶野 蓮
蝶野 蓮
(……ああ、ダメだ。こいつだけは、絶対に手放せない)
今まで、紬を「追い出したい」と思っていたのは、彼女に自分と同じ匂いを感じ、引きずり込まれるのが怖かったからだ。  けれど、もう遅かった。  蓮は今、自分の人生をかけて、この「泥の中に咲く紬」を独占することを決意した。
蝶野 蓮
蝶野 蓮
紬。……俺、もうお前を『妹』なんて呼べねーわ
背中を抱きしめる腕に、さらに力がこもる。  それは、義兄という仮面が剥がれ落ち、一人の「男」としての渇望が剥き出しになった瞬間だった。

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