羽をむしられた蝶は、もう二度と空を飛ぶ夢を見ない。
叔母の声に、蝶野紬(ちょうの つむぎ)は小さく頷いた。数年前、両親を一度に失ったあの日から、紬の心には厚い氷が張っている。親戚の家を転々とし、ようやく辿り着いたこの豪邸は、再婚した叔母が手に入れた「新しい幸せ」の象徴だった。
けれど、蓮華にとっては、ただの新しい檻に過ぎない。豪華なリビングのソファに、一人の少年が深く腰掛けていた。テレビで見ない日はない、国民的アイドル・蝶野 蓮(ちょうの れん)。緩く波打つ髪に、彫刻のように整った鼻筋。カメラの前で見せるあの「天使の微笑み」はどこにもない。そこにあるのは、凍てつくような冷ややかな瞳だった。
蓮は立ち上がり、紬の目の前まで歩み寄る。香水の甘い香りが鼻をくすぐったが、その声はナイフのように鋭かった。
蓮は紬の顎を強引にクイと持ち上げ、品定めするように目を細める。
普通の女子高生なら泣き出してしまうような、ひどい言い草だった。 けれど、紬は揺るがなかった。感情を殺し、ただ静かに、彼の美しい瞳をまっすぐに見つめ返した。
紬の手が、そっと自分の胸元に触れる。そこには、母の形見である蓮の花を象った小さなペンダントが握られていた。
ふいをつかれたのか、蓮の眉がわずかに動いた。紬は彼の腕をそっと振り払い、一度も振り返ることなく、用意された自分の部屋へと歩き出した。
背後で、蓮が舌打ちする音が聞こえた。それが、最悪で、そして運命的な、二人の始まりだった。















編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。