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第1話

第一話:泥の中に眠る蝶
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2026/01/12 01:32 更新
羽をむしられた蝶は、もう二度と空を飛ぶ夢を見ない。
叔母さん
叔母さん
……今日からここが、あんたの家だよ。紬
叔母の声に、蝶野紬(ちょうの つむぎ)は小さく頷いた。数年前、両親を一度に失ったあの日から、紬の心には厚い氷が張っている。親戚の家を転々とし、ようやく辿り着いたこの豪邸は、再婚した叔母が手に入れた「新しい幸せ」の象徴だった。
 けれど、蓮華にとっては、ただの新しい檻に過ぎない。豪華なリビングのソファに、一人の少年が深く腰掛けていた。テレビで見ない日はない、国民的アイドル・蝶野 蓮(ちょうの れん)。緩く波打つ髪に、彫刻のように整った鼻筋。カメラの前で見せるあの「天使の微笑み」はどこにもない。そこにあるのは、凍てつくような冷ややかな瞳だった。
蝶野 蓮
蝶野 蓮
……チッ、本当に来たのかよ
蓮は立ち上がり、紬の目の前まで歩み寄る。香水の甘い香りが鼻をくすぐったが、その声はナイフのように鋭かった。
蝶野 蓮
蝶野 蓮
勘違いするなよ。親が勝手にくっついただけで、俺とお前は赤の他人だ。家族ごっこをするつもりなんて、さらさらないからな
蓮は紬の顎を強引にクイと持ち上げ、品定めするように目を細める。
蝶野 蓮
蝶野 蓮
お前もどうせ、俺の名前や金が目当てなんだろ? その、いかにも『幸が薄そうです』って顔も、同情を買うための計算か?
普通の女子高生なら泣き出してしまうような、ひどい言い草だった。  けれど、紬は揺るがなかった。感情を殺し、ただ静かに、彼の美しい瞳をまっすぐに見つめ返した。
蝶野紬
蝶野紬
……期待に沿えなくて、ごめんなさい。私はただ、静かに眠れる場所があれば、それでいいんです
紬の手が、そっと自分の胸元に触れる。そこには、母の形見である蓮の花を象った小さなペンダントが握られていた。
蝶野紬
蝶野紬
あなたのキラキラした世界なんて、私には眩しすぎて……泥の中にいる方が、よっぽど落ち着くから
ふいをつかれたのか、蓮の眉がわずかに動いた。紬は彼の腕をそっと振り払い、一度も振り返ることなく、用意された自分の部屋へと歩き出した。
背後で、蓮が舌打ちする音が聞こえた。それが、最悪で、そして運命的な、二人の始まりだった。

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