現場を出たあとも、あの花の白さが妙に目に焼きついていた。
カスミソウ。
清らかな愛。
――笑えない冗談だ。
歩きながらそう言うと、隣の男は一切の迷いなく頷いた。
即答。
疲れも、緊張も、見えない。
本当に“人間らしい揺らぎ”がない。
だが。
少しだけ意地悪く聞く。
春伸はほんのわずかに考える素振りを見せてから、答えた。
淡々とした返答。
……本当に、便利な頭してる。
ぽつりと零すと、春伸がこちらを見る。
思わず苦笑が漏れた。
二件目の現場は、最初の場所からそう遠くなかった。
むしろ近すぎる。
同じエリア。
同じ“匂い”。
規制線をくぐると、先に来ていた刑事がこちらに気づく。
言い淀む。
視線だけで、春伸に合図する。
あいつはすでに動き出していた。
迷いなく、現場の中心へ。
さっきと同じだ。
止まっているようで、すべてを取り込んでいる。
数分後、声をかける。
春伸はゆっくりとこちらを向いた。
同じだ。
一件目と、完全に一致する。
春伸が、床に落ちていた小さな紙片を指す。
証拠品として回収されていたそれ。
袋越しに覗く。
そこには、乱雑な字で一言だけ書かれていた。
――“罪は消えない”
春伸の声は変わらず平坦だったが、その内容ははっきりしていた。
その言葉に、少しだけ空気が冷える。
資料を頭の中で繋げる。
点と点が、線になり始めている。
思わず呟くと、春伸は静かに頷いた。
現場を出たとき、空はすっかり曇っていた。
春のくせに、やけに重たい空気だ。
少しだけ、試すように聞く。
春伸は間を置かずに答えた。
問い返すと、ほんのわずかに沈黙が落ちる。
数秒。
あいつにしては、長い。
その一言は、少しだけ意外だった。
まっすぐな目だった。
迷いのない視線。
全部を預けるみたいに。
苦笑する。
でも、不思議と嫌じゃなかった。
ポケットに手を突っ込む。
春伸は黙って聞いている。
理解しているのかは分からない。
でも、逃げてはいない。
そう言った声は、ほんの少しだけ柔らかかった気がした。
帰り道、風が強くなっていた。
道端に、またあの花が揺れている。
白く、小さく、どこにでもあるような花。
そう言うと、春伸がこちらを見る。
少しだけ笑う。
春伸は静かに頷いた。
その横顔は相変わらず無機質で。
でも――
さっきより、ほんの少しだけ人間に近づいた気がした。
軽く言うと、春伸が一瞬だけ止まる。
わずかに目を細める。
それがどんな意味かは、まだ分からない。
でも。
そう呟いた声は、風に紛れて消えた。
そして俺達はまだ知らない。
この事件の裏にいる“設計者”が、
想像以上に――
近い場所にいることを。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。