第9話

8
142
2024/03/13 01:46
8
途中で意識が飛んだ所までは覚えている。

目を開けると、僅かな光だけが目に飛び込んでくるも、布で覆われており、周りが見えなかった。



ピク、と動くと羽、腹と両腕に激痛が走る。


声が出なかった。




AZ「おはよう、僕の天使。僕は純粋に君が好きなんだ。僕のものになれば幸せだろう?そう思う。だからこれからは共に過ごそう」
「ヒュク…ヒューッ……ヒューッ…、」
AZ「君は喚かない方が可愛らしい。ずっとその姿がいいね、天使だから、死ぬまでに人間よりもずっと遅く時間がかかるだろう」
「ぁ…………、」
AZ「ん?あ……アザゼル?僕の名前を呼びたいかい?ふふ、でも腹に釘が刺さっているから、無理だろうね」
「!!?!」



激痛の正体は、釘だった。
それなら腕と羽に刺さってるのもそうだろう。
動けない。本の数ミリでも動くと激痛が走る。呼吸するだけでも、腹の釘がねじ込まれていて痛い。

天使は、体の器官はちょっとやそっと折れたり負傷していてもすぐ死んだりしない。が、激痛は激痛。
本当に何も考えられないくらい血が滴り落ち、虫の息をするのがやっとだ。これなら、意識が戻らない方が良かった。



苦しい。人を助けた代償は、これなのか。
天使としての力を人間に注ぎ込んだせいで、体の回復は愚か、反撃することさえできない。
アザゼルは、天使の時、人間の女の子に恋をしたくらいだ。いつ手を出されるかも分からない。




AZ「今君は、蝶の標本みたいにしてある。その姿がいちばん美しい。女は着飾る方がいいが、着飾らずに素のままを保っていても綺麗な天使は最高の相手だよ」




相手?何の。
恐怖で震えてくる。震える度、突き刺さる釘があまりにも痛い。
ジェノに、会いたい。


ジェノに触れて欲しい。抱きしめて欲しい。
ああ、やっぱり一緒に帰ったら良かった。
もし人間に見つかっても、ジェノがいれば、ジェノに託して、私は帰れた。

人間を憎んではいけないのに。




AZ「男はみな、結局は欲で動く」
「カヒュッ…ゴボッ………ヒューッ……」
AZ「僕は人間の女の子が美しさを保てるよう、方法を教えただけなのに。神は怒(いか)った。」
「………………」
AZ「でも今ならわかる。人間は愚かだからな。その方法を覚え、大切に使うのではなく、欲目に溺れて動くようになるんだ。男は特にそうだろう。」




今ここで整理したい。
今目の前にいるのは、アザゼルという堕天使、今は悪魔の存在であり、元々悪魔として何かを司る訳では無い。
だが、元々悪魔として生まれ、何かしらの能力を持つ悪魔がいる。

グリモワールというフランスの魔術の書籍があり、更にその中に「レメゲトン」という書籍が存在する。レメゲトンの中には悪魔や精霊などの性質や、それらを召喚するための方法が書かれており、その一説に「ゴエティア」という節がある。

ゴエティアにはソロモン72柱という、人間の欲をそのまま能力として持つ悪魔72柱が書かれており、古代ユダヤ王ソロモンが、神の名のもとに使役した、と言われる悪魔たちなのだ。
しかし、72柱は全てソロモンの手により封印されている。


そのソロモン72柱の中に「色欲」などの、性欲に対して惑わせる悪魔たちがいる。
それこそ、シトリーやグレモリーなどという悪魔たちだ。シトリーなんかは男女の恋を燃え上がらせ、相手が望むのであれば相手が自ら裸になることすらさせられる、なんて言った恐ろしい悪魔だ。

ただし、 今目の前いるアザゼルは違う。
そのソロモン72柱の悪魔の仲間ではなく、元々は天使だったのだ。堕天使になり、今は悪魔になったのだ。

悪魔の性質の本質は、そんな力を使って相手を惑わせ、対価としてその魂を喰らうこと。決して己の性欲を満たすために行動しているのではなく、喰らうために動いているのだ。つまり、悪魔が本当の恋をするはずがない。



そして今ここで心配したいのは、このアザゼルが万が一シトリーなどを呼び出した時。
私は天使であろうとも、悪魔アザゼルに襲われ、ここまで天使の力が失われた今、アザゼルの希望通りに自分を動かされかねない。

何とか阻止したかった。
ううん、ジェノのところに帰りたかった。



じわじわと涙で布が濡れていく中で、アザゼルが不意に笑い出す。




AZ「ふ、あはははっ!!泣いてる姿もいい、さすがは僕の天使。とっておきを呼んだぞ」
「……ッ……?、」




アザゼルがそう言った瞬間、ドサリと何かが落ちた音がして、同時に目の布が外された。

恐れていたことが起こった。


目の前にいるのは、シトリーだ。
悪魔の、ソロモン72柱の。シトリーは召喚するのが困難な悪魔だと言われているのに。
どうして、ここに。

見た目は豹の姿をしており、真っ黒い羽が生えている。


そして……






「ジェ…………ノッ……!!」
😇「ッぐ、あなたッッ!!!っあぁぁぁッ!!どうして、そんな、!!!」





ジェノが、変わり果てた私の姿を見て絶望した。それを見て嬉しそうに笑うアザゼルとシトリー。
シトリーがアザゼルと話すと、私に近づいてきた。
シトリーは、何も言わなかった。しかし、にっこりと笑って、人間の形の女性の姿に変わる。
黒い羽は生えたままだ。



シトリーが私になにかの魔術をかける。
クラクラとして、ぼうっとする。必死に残った理性で抗いながら、自分の意思では無い自分と戦いながら動くも、体が言うことを聞かない。
腹と腕に刺さった釘が抜け、羽だけを縛り付けられた。ジェノも負傷させられたらしく、上手く動けてない。


私は虚ろな目をしたまま、ジェノの叫び声を聞いて、わかっているはずなのに、体が言うことを聞かず、その場で羽は打ち付けられたまま、壁で布を全て剥いだ。


ジェノが悲鳴に近い声で泣きながら私に訴える。




😇「あなたっ……!!あなた、布を脱がないで!!その身体をっ、他のやつに見せないでぇっ……ひっく、ううっ、あなた、あなたっ、」




シトリーが女性の姿でジェノの前に立った。
シトリーの服が脱げ、私よりずっとずっと美しいスタイルで、ジェノに迫っていく。
ジェノが叫びながら、自分の天使の力で対抗しながらシトリーに抗うも、攻撃されたダメージが大きく、その場でシトリーに圧倒されていく。


ジェノが、私じゃない女に襲われてる。
ジェノは、抗えなくて、受け入れようとしてる。
今の私と同じ。頭ではわかってるのに、上手く力が入らない。


そりゃそうだ、、私たちは、下級の天使なんだもの。



ジェノが泣きながらシトリーに翻弄されていく。
私は何も身につけないまま、腕と腹から血を流し、その姿をアザゼルに晒している。

あまりにも、残酷だった。


もう、堕ちてしまいたかった。

もう、何もかも忘れて。



ジェノも、もう、私を助けられない。


私の恋心は、もう、アザゼルという魔に、焼き尽くされそうになっていた。




悲しい。
にくい。
憎い。
苦しい。
つらい。
愛して欲しかった。
ジェノに、ジェノに愛されたかった。
天使同士でなければ、きっと、幸せに過ごせた。
人間だったら、恋ができた。



もう、もうつらい。




ジェノが女性の姿のシトリーにキスされそうに、なった瞬間。





真っ暗な世界が、ものすごい音を立てて、割れたのだった。






🐻‍「離れるなって、言ったろ!!!」
🐯「やっと見つけた」
🐬「今助ける」
🦊「あなた!!」
🐹「治療が先ですね」



ヘチャンとマーク、チョンロが不意打ちで同時に攻撃をかます。
あまりの衝撃に、吹き飛ばされたアザゼルとシトリーが、起き上がる前にロンジュンが布を拾って、私の羽に刺さった釘をぶち抜いた。


チソンが私を抱き上げて、そのまま魔界から出ていく。


その瞬間にジェミンがすれ違って、私に耳打ちした。




🐰「ジェノも連れて帰るよ」





天界に戻りながら、チソンが私に力を送ってくれてるおかげで、少しずつ傷が修復していく。
それでも力が入らない私を、チソンが泣きながら抱き抱えて、天界に戻ってくれた。



🐹「もう、僕らの目の届かないところに、居ないでください」



優しい顔をして、叱るチソンは、思っているよりも、大人びていた。

プリ小説オーディオドラマ