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第1話

土砂降りの境界線
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2026/06/08 15:34 更新
灰色に濁った雨が、アスファルトを激しく叩きつけていた。

アサヒは傘を深く差し、白線の内側だけを見つめて歩いていた。

高校の制服の第一ボタンまできっちり締め、カバンには模試の成績優秀者通知が入っている。

周囲からは「完璧な優等生」と呼ばれ、母親からは「次も1位をキープしなさい」と言われる毎日。

けれど、アサヒの心は、この雨の街と同じくらい冷たく、何の色も持っていなかった。

他人に興味はない。

他人も、自分に干渉しないでほしい。

そうやって、世界のすべてから一線を引いて生きてきた。

🦋『……おい』

くぐもった声が聞こえたのは、家路の途中にある、人通りのない薄暗い路地裏を通り過ぎようとした瞬間だった。

通り過ぎるはずだった。

いつもなら、絶対に無視するはずだった。

しかし、水溜まりに反射したスマートフォンの微かな光と、そこに転がっている「見慣れた制服」が、アサヒの足を止めさせた。

ゴミ箱の陰、濡れたコンクリートに背中を預けて座り込んでいる男がいた。

長い足を投げ出し、制服のシャツははだけ、トレードマークの派手なシルバーチェーンが雨に濡れて鈍く光っている。

ハルトだった。

学校では誰もが恐れ、関わろうとしない問題児。

いつもジェヒョクやジョンウといった悪友たちを引き連れて、教室の後ろで大声で笑っている、アサヒとは正反対の世界にいる男。

🤖『……ハルト?』

思わず名前を呟いたアサヒに、ハルトはゆっくりと顔を上げた。

その瞬間、アサヒは息を呑んだ。

ハルトの端正な顔は、ひどく腫れ上がっていた。

切れた唇から鮮血が滴り、雨水と混ざって首筋を伝っている。

前髪の隙間から覗く鋭い瞳は、いつも学校で見せる尊大なものとは違い、まるで捨てられた猛獣のように怯え、絶望に濁っていた。

🦋『……見んなよ』

ハルトは掠れた声で威嚇するように言った。

しかし、その身体は小刻みに震えている。

寒さのせいだけではない。

何かに酷く怯えているような、痛々しい震えだった。

🤖『何があったの、それ』

普段なら絶対に他人の領域に踏み込まないアサヒが、なぜか一歩、路地裏へと足を踏み入れていた。

差し掛けた傘が、ハルトの上に落ちる雨を遮る。

🦋『関係ねえだろ。優等生様には、関係ねえよ……っ』

立ち上がろうとしたハルトが、痛みに顔を歪めて脇腹を押さえた。

制服の隙間から見えた肌には、新旧入り混じった、痛々しい紫色のあざがいくつも刻まれている。

🤖(喧嘩……じゃない。これは、もっと一方的な――)

アサヒの脳裏に、ハルトの家庭環境についての嫌な噂がよぎった。

父親がまともじゃない、という、誰もが触れないようにしている噂。

🦋『触るな!』

差し伸べようとしたアサヒの手を、ハルトは激しく振り払った。

ハルトの瞳に、惨めさと怒りが火花を散らす。

🦋『同情すんなよ。お前みたいな、何もかも持ってる奴に……俺の何がわかるんだよ』

ハルトの叫びは、雨の音にかき消されそうだった。

いつもなら、「じゃあ勝手にすれば」と冷たく言い放って立ち去るところだった。

しかし、アサヒの身体は動かなかった。

ハルトの剥き出しの痛みが、アサヒの凍りついた心を強烈に揺さぶっていた。

アサヒは何も言わず、ただ静かにハルトの前に膝をついた。

自分の制服が泥水で汚れるのも構わずに。

🤖『わかんないよ』

アサヒは感情の読めない声で、まっすぐにハルトの濁った瞳を見つめ返した。

🤖『お前のことなんか、何もわかんない。……でも、雨に濡れたままここにいたら、死んじゃうよ』

アサヒは自分のカバンから、予備の大きめのタオルを取り出すと、拒絶されるのを覚悟で、ハルトの濡れた頭にぽんと乗せた。

🤖『……ついてきて。俺の部屋、誰もいないから』

ハルトはタオル越しにアサヒを睨みつけたが、やがて力尽きたように、小さく息を吐いて壁に頭を預けた。

二人の間に、雨の音だけが響いていた。

不器用で、ひどく未熟な二人の夜が、ここから始まろうとしていた。

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