第15話

第15話
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2024/10/23 09:00 更新
謁見の間から退室し、ヴァレリーは肩で息をついた。
王宮内の一室が、公爵家夫妻用の控室として用意されている。今度はここで、パーティーにふさわしいドレスに着替えねばならない。
化粧も髪の結い方も昼とは変えなくてはならないから、支度をするのに時間がかかる。
ヴァレリー
ヴァレリー
(……謁見はなんとかすませることができたけれど)
国王夫妻の前で、大きな失敗はしないですんだと思う。問題は、次のパーティーだ。
なにしろ、大勢の目の前に姿を現すことになる。呪われた公爵とその妻。
呪いではなく、デルミラ石の影響ではないかという推測は、まだ裏付けが取れていない。貴族達が、どんな反応を示すことやらと思うと気が重い。

「緊張なさっていますか?」
ヴァレリー
ヴァレリー
「ええ、とっても」
湯につかって身体をもみほぐしてもらい、肌の手入れをしてから改めて鏡の前に座る。肩に力が入っているのが、支度をしてくれる侍女にはしっかり気づかれていた。

「奥様はお美しいです。自信を持ってください」
ヴァレリー
ヴァレリー
「自信を持てればいいのだけれど……ありがとう」
侍女が勇気づけてくれる。王宮の会場で浮いてしまわないかどうか心配だったけれど、侍女の励ましで気を取り直すことができた。

今夜のために選んだのは、ロードリックが最初にいいと言ってくれた薔薇色のタフタだった。光を反射すると、複雑な陰影を描く美しいドレス。
裾にだけ、たくさんのビーズを使った刺繍を施している。ヴァレリーが歩みを進める度にドレスの裾が揺れ、それに合わせてビーズ達がキラキラと煌めく。
うっとりとするほど美しいドレスに合わせたのは、これまた公爵家に伝わる宝石達。金の台座にルビーやガーネットと言った赤い宝石をあしらった美しい一揃いだ。
髪は結い上げ、そこにドレスの共布で作った髪飾りを挿す。鏡の中のヴァレリーは、公爵夫人にふさわしい品格を供えているように見えた。

気合を入れて、ロードリックのもとに向かう。
ヴァレリー
ヴァレリー
「どうでしょうか?」
ロードリック
ロードリック
「……とても、綺麗だ」
その言葉にほっとした。彼の隣にふさわしい自信はないけれど、大きな失敗はしないですみそうだ。
ロードリックの腕を借り、大広間へと歩みを進めた。

「ドゥリエ公爵夫妻」

侍従が二人の入場を告げると、先に入っていた貴族達の視線が一斉にこちらに突き刺さった。
彼らの好奇心は、ロードリックにもヴァレリーにも向けられている。

「あれはどこの家の娘だ?」
「もとは、先代の公爵に嫁ぐ予定だったとか……」

噂は、かなり広まっているようだ。それには、聞こえないふりを装う。
ロードリック
ロードリック
「ヴァレリー、一曲踊ってもらえないだろうか」
ヴァレリー
ヴァレリー
「――もちろんですとも」
ヴァレリーに向かって、ちょっとおどけた様子のロードリックが誘いをかけてくる。
ダンス教師を招いての特訓のおかげで、ロードリックとのダンスはとてもスムーズだった。足を踏んでしまう心配も、もう必要ない。
ヴァレリー
ヴァレリー
「……私、今、とても楽しいです!」
ロードリック
ロードリック
「俺もだ。あなたとならダンスも悪くない」
ロードリックに導かれて、フロア内をくるくると回る。ターンさせられる度に、ヴァレリーのドレスの裾が揺れ、複雑な光を煌めかせる。
三曲続けて踊ったところで、一度休憩をすることにした。

「ドゥリエ公爵、少しよろしいか?」

声をかけてきたのは、ロードリックの知り合いと思われる男性だ。彼はロードリックに二言、三言ささやいた。

ロードリック
ロードリック
「悪いが少し、ここで待っていてほしい。すぐに戻るから」
ヴァレリー
ヴァレリー
「いえ、ここではなく、休憩所でお待ちしています。その方が、よろしいのではないかと」
広間から少し離れたところに、休憩所があるのは知っている。そこにいれば、一息入れることができるだろう。
立て続けにダンスをしたので、少し、疲れてしまった。こんなにたくさんの人がいる場所に出たこともほとんどなかったというのも疲れを感じさせる一因だ。
休憩室にいれば、他の男性からダンスに誘われる心配はしなくていい。
ロードリック
ロードリック
「わかった。では、後ほど」
ロードリックと別れて休憩所に入ったら、そこには先客が何人かいた。
ヴァレリー
ヴァレリー
(……挨拶をしなくては)
こういった場で、女性達と顔を合わせるのは初めてだ。最初の集団に挨拶をし、次の集団に向かおうとしたら扉が開いた。
アデル
アデル
「あら、お姉様」
ヴァレリー
ヴァレリー
「……アデル?」
そこに立っていたのはアデルだった。
会いたくなかった妹にばったりとぶつかってしまい、ヴァレリーは瞬時に身体が凍り付いてしまったような気になった。
ヴァレリー
ヴァレリー
(私ってば、心の準備が……)
ここで騒ぎを起こすわけにはいかない。妹との不仲が公になれば、恥をかくのはヴァレリーではなくロードリック。
ヴァレリー
ヴァレリー
「久しぶりね……アデル」
ヴァレリーは、強張った唇を無理やりに動かした。声が震えてはいないだろうか。
アデル
アデル
「ええ、お姉様。あちらでお話ししましょうよ」
アデルは、ヴァレリーを隅のソファに引っ張っていった。その周囲に他の人はおらず、姉妹の会話を聞かれる可能性は低そうだ。
並んで腰を下ろすが、二人の間に温かな空気なんてない。
アデル
アデル
「上手いことやったわね、お姉様。ドゥリエ公爵が、あんな素敵な方だったなんて知らなかったわ。ご老人だとばかり思っていたのに」
ヴァレリー
ヴァレリー
「ええ、そうね。もともと、婚姻のお話をくださったのは先代公爵様だもの」
父も継母も、ヴァレリーが家から出るのであれば相手が誰でも構わなかった。
先代公爵であろうと、ロードリックであろうと、ジュルダン伯爵家への援助を返せという話にならないのであれば問題なかったはず。
アデル
アデル
「ねえ、お姉様。今からでも私と代わりましょうよ。もともと、私に来た話だったのでしょう? お姉様より、私の方が公爵夫人にふさわしいと思うの」
いい考えだと言わんばかりににんまりとして、アデルは提案してきた。
ヴァレリー
ヴァレリー
「そんなこと、できるはずないでしょう? もう、陛下にもご挨拶をすませたのだし」
貴族の離縁が認められないというわけではないけれど、ロードリックとヴァレリーは国王に挨拶をすませたばかり。
そんな状況での離婚だなんて、普通は認められるはずもない。
ヴァレリー
ヴァレリー
「それに、ドゥリエ公爵家に嫁ぐのが嫌だと言ったのは、あなただったと思うのだけれど」
アデルが嫌がらなければ、ヴァレリーにロードリックとの結婚話が回ってくることもなかった。
アデル
アデル
「いいじゃない。あんな素敵な方なら、私の方がふさわしいわ」
ヴァレリー
ヴァレリー
「馬鹿なことを言わないで」
なんてことを言うのだろう。思わず顔をしかめてしまった。
今まで、ヴァレリーがアデルの申し出を断ったことなどなかった。いや、断るなんて許されなかった。今までのヴァレリーとは違う対応に、アデルは驚愕の表情になる。
どうやってアデルから離れようと思っていたら、ロードリックが休憩所にやってくる。
ロードリック
ロードリック
「ヴァレリー、待たせて済まない」
アデル
アデル
「公爵様!」
ロードリックは、呼びかけたアデルに目をとめる。けれど、アデルに興味は持たなかった様子で、すぐに視線を巡らせた。
ヴァレリー
ヴァレリー
「迎えに来てくださってありがとうございます。広間に戻りますか?」
ロードリック
ロードリック
「そうしようか」
ヴァレリー
ヴァレリー
「アデル、それでは私はもう行くわ」
ロードリックと寄り添うようにして立ち去る背中に、チクチクと視線が突き刺さっているのを覚える。それは、アデルのもので間違いなかった。 

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