貴方だけを覚えている 。
2週間前、私は記憶喪失になった
目が覚めるとそこは病院
私は何があったのかも思い出せないまま、ナースコールを押した
頭がズキズキと痛む
まるで、無理やり何かを思い出そうとしているように
私は今、自分の名前が思い出せない
歳も、住んでいる場所も。
すぐに看護師と医者が来た
私はいくつかの質問に答えた後に、こう告げられた
普通なら「そうなのだな」と思うものだ。
何も思い出せないのだから
でも、私はその言葉をすぐに消化できなかった
何故なら私には
“記憶があるから”
医者と看護師は心底驚いたような顔をした
…当たり前だ、
自分の名前も、歳も、住んでいる場所も忘れているのに、他の記憶はあると言うのだ
驚くのは普通だと思う
私の記憶に残っている場所や会話には必ずその子がいる
きっと私にとって、
自分の名前よりも大切な人なのだろう
やっと明日、退院できる
病室から見える景色にはもう飽きてしまった
ただただ雲が流れ、地面の影も同じように流れて往くだけの
平和で何とも詰まらない昼下がり
退院したら何をしようか
そんなことを考えながらぼーっと窓の外を見つめていた
私の思い出は夏の時が多い気がする
海辺や向日葵の花畑など風景はもちろん風鈴の音も覚えている
凛としていて澄んでいるあの音が、私は好きだ
家の場所は病院が調べてくれたので分かっている
しかし記憶が無ければ家に帰ったところで何をすれば良いか分からない
そんなことを考え、特にする事のない私は、
日中の気持ちの良い日光に当たりながら
静かに目を閉じたのだった
その又一ヶ月後
朝、目が覚めて歯を磨く
散歩の前に朝ご飯を食べる
窓から見える雲を手帳に書き留める___
これが私の朝のルーティーン
雲を毎朝描くなんて少し変かも知れないが、これが意外と楽しい
描いて行ったものを並べてみると少しづつ違ったりするから面白い
曲を書く時に使えたりする
私はシンガーソングライターなのだ
それが分かったのは家に帰って来てからだった
沢山の楽器と楽譜、散らかっている部屋だったが、とても居心地が良かった
中でも大切そうに置いてあるアコースティックギターを見て少し思い出したのだ
私が窓辺に座り込んでギターを鳴らし、曲を書く
そして
隣に居る“彼”と楽しそうに話すところを
記憶を探す為に毎朝私は散歩に行く
木立が日の光を遮ってくれるから涼しい
〜フワッ
花の香りがして、少し春を感じる
少し蒸し暑く、夏になりかけのこの時期に感じる春はちょっと特別な気がした
___昼
少しうとうとしながら気分転換に商店街に行ってみた
小さい駄菓子屋の店先にアイスが売られていた
目を覚ますのに丁度いいと思い、一つ買っていく
一口食べて私は口を開く
え、?
ズキッ
痛みと共に流れて来た数々の“記憶”
私は急いで家へ戻った
直ぐに支度をした
鞄に必要な物を全て詰め込んで、
今のラフな服から出掛ける時のための服に着替える
家を出る前に私は楽譜を入れ忘れていたことに気がついた
この楽譜は必需品だ
誰にも分からないように、小さな意味を込めて。
…あの場所にはきっと“アレ”がある
今から行ったら着くのは夜になってしまう
けれど、今は一刻も早く行かなければと思った
凛said
あなたの下の名前と連絡が取れなくなって二ヶ月、
俺は生きた心地がしなかった
LINEの既読もつかねぇし、電話もでねえ
うるせえな…
ここら辺でなんかあんのか?
そう思っていると、
轟音と共に夜空に花火が上がった
花火大会だ
焦りで忘れていた
毎年この時期になるとあなたの下の名前と一緒に見に来ていた
名前はわからねぇが、白い花を持ってた
あなたの下の名前の家にではない
何故なら連絡が取れなくなって1週間経った頃に一回行ったから
今から向かうとなると…
目的地へ向かう最終列車に飛び乗り、
今は少しボーっとしている
__ガラッ
蒸し暑かった為、窓を少し開いた
夜風が頬を撫で、髪が靡く
涼しくて気持ちいい
この列車に乗ったのも、ほぼ直感だ
あなたの下の名前が俺と同じ場所へ向かっているかは分からない
ただ、ほんの少しの可能性に賭けて
深夜0時を回った頃にホテルに着き
俺はそのままベッドへ潜って目を閉じたのだった
朝、目が覚めて歯を磨く
外に出る前に朝食を済ませる
俺は急いで着替え、外へ飛び出した
このホテルの近くには小さな丘がある
少し雲がかかったその景色の中に、俺は小さな人影を見つけた
心が酷く震える
丘の麓にある白百合の花畑を駆け抜け、
影が段々とハッキリしてきた
丘の頂上にはグランドピアノとその横に佇む楽譜を持った、俺の___
“最愛の女性”
「きっと夢だ」
なんてことを思う
俺に気づいたのか、あなたの下の名前はゆっくり振り返って
俺に笑いかける
と
END
ヨルシカ『第一夜』より
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編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。