⚠️注意⚠️
この話には上に記載された「めめレイでキルキルイキル」の動画、及び、クトゥルフ神話TRPGのシナリオである「キルキルイキル」の僅かなネタバレを含みます。
動画やシナリオのオチに関するネタバレはないものの、中盤あたりまでの内容のネタバレが含まれているため、動画が未視聴だったり「キルキルイキル」を今後プレイする方は、この場でのブラウザバックを強く推奨させていただきます。
それでもいい方は、このままお進みくださいませ。
〈fushimi.mai side〉
朝起きて、すぐにライターを探し始める。
…それで、もし見つけたとしてももう点けられないんだと気づくまでが、最近の最悪なルーティンだった。
いつものように弟子としての立ち振る舞いをして、のそのそとベッドの上から立ち上がる。
この厚着による圧迫感にもいい加減慣れたいものだ。こんなにも寒い世界なんだから。
あねきが開けたリビングダイニングへと繋がるドアの方からは、外に関する情報を伝えるニュースキャスターの声が垂れ流されていた。
数週間前、世界は凍った。
所謂、スノーボールアース、というやつ。
ニュースは「まさに暴力的な未曾有の寒さ」だとか言っていた。
凍ったその日、窓の外は青と白だけだった。
道路も、空も、その辺にある街路樹すらも全部が真っ白になって、真っ青な氷やつららが知らない間にできていて。
真っ白な風、おそらく吹雪が、あたりをひどく荒らしていた。
まるで化け物が辺りを全部食い荒らしたような、昨日とは全く違う世界は気味が悪く、私はただ、固まることしかできなかった。
どうやらそれはあねきも同じだったようで、その日からカーテンが開くことはなくなった。
それとこの異常気象のせいで、今この家は朝でも夜のような暗さがずっと続いていた。
今日のニュースは、うっかり外に出て死んだ奴の肺が凍っているという内容。
散る冷気を思い切り吸い込んだせいか、肺の細胞が壊死して肺が砕けた状態で見つかったらしい。
ひふ、ひふ、ぜー、ぜー。
寒さに怯えて浅い呼吸をすると、白い息が一緒にゆらゆら揺れる。
その白が、窓の外を想起させるようで。
虚勢を張って返事をする。
ふつふつと音を立てて、
電気ポットが熱された。
あったかい。ぽかぽかしてて、安心する。
その思いのまま静かに目を閉じて、前の思い出やこれからの夢にそっと思いを馳せ始める。
いつかこの家の窓も意味を成さなくなることも、これはほんの一瞬の麻酔でしかないことにも、全部に目を背けたまま。
そうやって一言二言交わしては、こたつの上にあるみかんをとった。
できるだけこたつに入ってる面積を多くして、適当な軽口を飛ばし合う。
…本当は、私もあねきもわかってる。
次の季節が来ることなんて、ないんだ。
それでも、夢を見るしかない。
この家は暗い。というより、朝が来ない。
そんな薄気味悪い夜だと、現実を見てしまえばすぐ感情がぐるぐると混濁してしまう。
少しでも明るくなろうと歌を口ずさんでも、すぐに息苦しくなってできなくなってしまったのだから。
…いや、今日はいつにも増して体が冷えてる。
多分、冷気の蔓延が悪化してるんだ。
いやだ、死にたくない。
あんな仕事をしていて軟弱だと思われるかもしれないが、やはり生存本能には勝てない。
ニュースで言われていた言葉が反芻される。
私達もいつかはあの男みたいに、細胞単位で全てが凍って、あっけなく終わってしまうのかもしれない。
もしかし、たら…
話すための舌を止めて、既に湯気が消えかかっているご飯を口に運ぶ。
目の先ではあねきも同じことをしていた。
美味しいな、美味しい。
本当に、悲しいほどに。
そんな思いは喉元でせき止め、心の中で涙をこぼす。
泣くのはよくない、すぐに冷えて体温が下がる。
…もういっそどでかい流れ星でも降ってきたら、その熱さでこの寒さと相殺されてまたいつもに戻ってくれないだろうか。
なんて有り得ないことを考えながら、黙ってカチャカチャ箸を動かす。
すっかり身についた早食い技で、あっという間に皿の上は空っぽになってしまった。
こんな世界となってからは、生活がガラリと変わった。
起きて、ご飯を食べて、すぐ寝に行って、次のご飯の時にまた起きて、食べて、また寝て、起きる。
こんな繰り返しをずっと続けていた。
あねきの言っていることは正しい。最もなことだ。体力を残すためには、ちゃんと食べてちゃんと寝ることが一番の正解だと思う。
…ただ、なんというか。
食って、寝て、食べて、眠る。
ずっとこれだけをやっているのが、今日で…何日になるだろうか。
とにかくひたすらに、同じことだけを繰り返す。
これに、嫌気が差したというか。
これ以上し続けると頭がおかしくなるんじゃないかと思ってしまったというか。
今日は、このまま寝るのに抵抗があった。
…ああ、やっぱりこの人はかっこいい。
ぶっきらぼうな口調ではあるけれど、泣きたくなるくらいあたたかくて優しい。
例えるなら、さっきのコンポタみたいに。
なんでだろう。
そんな優しい顔してていいんですか、とか。
裏社会にいるのにそんな優しさ持っちゃって大丈夫なんですか、とか。
浮かんだことはたくさんあるのに、言葉が詰まって出てこない。
…だめだ、やっぱり出てきてくれない。
あねきはそう言い終わると、目にも止まらぬ速さで自室へと戻って行った。
…そうだ、そうだな、春になったら。
世界がこのまま終わらなかったら、世界がこのまま眠らなかったら。
優しい未来を見せてくれる。
そんなあなただから、私はあなたについていきたいとずっと思っているんだ。
…いつか、心から尊敬していると。姉貴としても友達としても好きだと、これからもついて行かせてくれと。
春になったら、タイムカプセルを掘りに行ったときだったら、それも伝えることができるだろうか。
でも、今は勇気が出ないから。
どうか、これだけで許してほしい。
そうして、あれからまた十日ほどが経った。
今日もまた、みかん片手にこたつに入り、疾うの昔に過ぎ去った季節のことを話して懐かしんでいた。
あの日、タイムカプセルのことを言われてからは、面白いくらいに不安や恐怖が消えていた。
やっぱりあねきの力は偉大だと、みかんを一房ちぎって食べてはそうやって呑気に考えていた。
近くにおいてあるテレビからはあいも変わらず、この前も観たバラエティが流されている。
ガタンと大きな音が鳴った。
あねきが、机に突っ伏している。
ふら、ふら。
弱々しくあげられた右手が、あねきの部屋の方を指す。
顔色がさっきとは見違えるほどにひどかった。
ごくん。
小気味よい音を立てて、持ってきた薬が水によって嚥下される。
するとどうだろう、真っ青だった顔色がみるみるうちに良くなっていった。
何も、言わないべき?
…否。
こんなとこで勇気を出せない奴こそ、あねきの元にはふさわしくないはずだ。
ピタリ、あねきが動きを止めた。
表情を窺おうとするも、下を向いているから長い髪で遮られていて見えない。
顔が、見えた。
さっきあったことは夢だったとでも言うかのように、あねきはもう飄々とした態度に戻っていた。
こうなったら、私の出る幕はもうない。
ずっと傍にいるんだ、これくらいはわかる。
そう思い立ち上がろうとしたとき、あねきの手が目の端に見えた。
机に置かれた片手は、ほんの僅かではあるものの、カタカタと小刻みに震えていた。
今度こそあねきは、自室へと戻っていった。
さっきよりも良くなった顔色を携えて。
ふと見た自分の手は、さっきのあねきのように小刻みに震えていた。
自分だけがいる部屋に、悔やむ声だけがただただ虚しく木霊していく。
ああ、あねきのためすべきことがなにもわからない自分が心底嫌いだ。
無能。
あねきの言う通り、こんなんだから私は出世できない。いや、あねきは私を傷つけようとして言ったわけでは決してないんだろうけど。
それでも、それは紛れもない真実だ。
死。
生物学的終わり。
私達が人間である限りは、いつかそれを迎えなければならない絶対的なもの。
それらを前に、私達はただ立ち尽くし、待ち続けることしかできない。
そうだとわかってはいても、自分の弱さを恨むことはやめられそうにない。
一つだけついたため息は、あっという間に白く凍っていくだろう。
それすら見るのも億劫で、目を背けては立ち上がる。
強く、強く、憎しみも恨みも悔やみも乗せた力で、自分の手を握りしめながら。
大した痛みには、ならなかった。
それからまた、時間が経った。
食う、寝る、起きる、食う、寝る、起きる。
この繰り返しは、今で何度目になるだろう。
…そもそも、今は世界がこうなってから何ヶ月目の何日目になるんだったか。
だめだ、思い出せない。
寝起きだからか、あたまが、いたい。
リビングにある救急箱、頭痛薬ってあったっけ。
もう、こりごりだ。こんな、生活。
こんなもの、生きる活動なんて言いたくない。
虚しく、苦しい。
…今日は少し、悲しさも混じった。
熱で頭が浮かされたか、長く続いたこの暮らしで精神力が限界まで削られていたのか、この時の私はどうかしていて。
窓の近くなら、涼しいんじゃないかと。
長らく閉じていたカーテンを、ゆっくり、ゆっくりと開けていった。
窓の外は、以前見た景色とは全くの別物になっていた。
一面、真っ青だ。
前に見たときよりも、さらに酷く。
それは最早、暴力的な青とも言えた。
ただ、一つ、大きな変化があった。
吹雪が、ない。
あの、化け物の息吹と言われても信じてしまいそうな、真っ白な吹雪が。
おかげで、遠くまでよく見える。
氷漬けにされた、街が。
これは、私の住んでいる街だ。
私は、思ってしまった。
そう、思ってしまったのだ。
もしかしたら、雪は、止んだのかもしれない、と。
もしかしたら、外は、あの絶望的寒さの気温ではなくなったんじゃないか、と。
思い立ってしまっては、もう、削られきった精神力では行動を止めさせることはできなかった。
ついさっき生まれた希望に踊らされた体は驚くほどに速く動き、窓の鍵へと手を運ばせた。
カチャリ。音が鳴る。
グッと窓枠に力をかけた。
今も尚膨れ上がる希望を胸に抱いて。
そんなものは、瞬きする間も与えられぬまま、粉々に砕かれた。
つんざくような痛みを受け、たおれた
ごぷっと音が出て、口から赤い血が垂れていく
いたい。いたい、いたい
まどのあいたところにあった、みぎてが、みぎうでが、みぎかたが、いたい
わたしは、あねきの、みぎうでが
いたい
肺が からだが
かたん、と、ガクガクと震える手で窓を閉めた
だけど、もう、ておくれだった
吸いこんじゃったんだ、外の空気を
つめたい。
さむい。
からだが、いたい
いまは、夜
タイミングとしては、一番さい悪だ
そうだ
そうだった
ここは、雪と氷に閉じ込められた箱庭
発した歌声すらも、三メートルを過ぎれば結晶になって凍ってしまう世界
どうしよう
どうすれば、どうしたら
とっさに隠した私の右手
垂れた血はさっき拭っておいた
でも、あねきは、たぶん
パタン
あねきにしては珍しく、静かに扉が閉められた
ぽたり、と
涙が顔を伝い、氷になって固まった
丁寧に剥がす気力は、なかった
ガリ、ガリ、爪で削るとそれは案外簡単に取れた
八つ当たりをするかのように、大きく振りかぶって床に投げつけた
利き手では投げられなかったから、あまり上手には飛ばなかった
ひどく冷えた部屋の中、クローゼットを無理矢理開けた。
がちゃっ
そう言ってあねきは机の上を指した
そこにはみかんと、湯気のないカレーライスがあった
私がこたつに入ると、あねきはこちらに目を向けてもないのに、いつもよりもたくさんのスペースをあけてくれた
特に、私から見て右のスペースを、たくさん。
慣れない左手でスプーンを持ち、カレーのルーとご飯をすくう。
舌の痺れる感覚と、優しい味が口に広がった。
そう言うあねきは、みかんを一房ちぎって食べていた
少し、酸っぱそうだった
たしか、昨日のみかんも、すっぱかった
そう言って、あねきは笑った。
伏し目がちで、寂しげな、笑顔だった
さむい、な
右手が、つめたい
さっき見たときは、真っ青になって凍っていた
今は、どうなっているんだろうか
確かめようにも、厚着しているからわかりそうにない
ああ、やっぱり、あなたには言えない
きっと、気づかれているんだろうけど。
それでも、こんなにも優しいあなたに、これ以上嫌なことを伝えるなんてできるわけがない。
トク、トク。
すっかり冷え切った心臓が、弱々しくも鼓動を打つ。
少しでもあっためられないかと、こたつの中、しもやけの手を静かにこすった。
そうして、あねきはたくさんのことを一緒に話してくれた。
たくさん、たくさん。
明日のこと。
来週のこと。
次の季節のこと。
未来の、こと。
でも、そんな状況にも、段々と魔の手は伸びてきてしまった。
あねきの息が、荒くなってる。
舌も、段々と、回らなくなった。
もちろん、私も。
わたしの、せいだ。
私が、窓を開けたから。
私が、冷気を入れてしまったから。
わたしの、せい
わたしの、せいで…!
こわい。
あねきが、どんな顔をしているのかを知るのが。
どうしても勇気が出てこなくて、下げた頭を上げられない。
カンッ!
軽快な音に驚いて前を向く。
そこではちょうど、キラキラと光るコインが宙に舞ったところだった。
慌てて口をつぐむと、パシッと音が出てコインがあねきの手の甲に乗った。
すぐさま別の手がそれに被せられて、表か裏かはわからなかった。
ここで寝るなんて、そんなの、もう諦めようって言うようなものじゃないか。
そう叫びそうになって、寸前で思い留まる。
馬鹿なわたしでも、きづけた
あねきがそう言う、理由は___
ひたすらに、わたしは愚かで、無力で。
あねきのその、色々なことを諦めてしまったかのような、そんな表情をさせないようにすることも、できない。
ずず、ず。
這うようにして、あねきが私のほうに来てくれた。
あねきの手は、すっかりまっかになっていた。
ぺたん。
あねきが、わたしが、よこになった
みぎては、見えないように、かくした。
あねきの手が、ちかくにあった
そっと左手をそえたら、退けられなかった。
頬に、なにかが凍るかんかくがした
もう、気にする気は起きなかった
ああ
でんき、とまっちゃった
Fin.
御本家様
![くるみ[暇T中毒]さんのアイコン画像](https://novel-img-gcs.prepics-cdn.com/prcmnovel-tokyo-prod-converted-images/p/09e64b3137f83da5f12b5037a846bea036b2a307/user-icon/01KN4S2267F5JZ154FS28ZNV5M_resized_192x192.jpg)











編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!