第80話

ク/ー/ネ/ル/エ/ン/ゲ/イ/ザ/ー/
213
2026/02/12 01:25 更新
⚠️注意⚠️

この話には上に記載された「めめレイでキルキルイキル」の動画、及び、クトゥルフ神話TRPGのシナリオである「キルキルイキル」の僅かなネタバレを含みます。


動画やシナリオのオチに関するネタバレはないものの、中盤あたりまでの内容のネタバレが含まれているため、動画が未視聴だったり「キルキルイキル」を今後プレイする方は、この場でのブラウザバックを強く推奨させていただきます。


それでもいい方は、このままお進みくださいませ。





















〈fushimi.mai side〉

朝起きて、すぐにライターを探し始める。


…それで、もし見つけたとしてももう点けられないんだと気づくまでが、最近の最悪なルーティンだった。

めめんともり
…お前、またやってんのか
Sレイマリ
…あねき…?なんでここに?
めめんともり
昨日忘れた本を取りに来た
Sレイマリ
…ちなみに、その本は?
めめんともり
自己啓発本だ
Sレイマリ
好きですねえ…
めめんともり
てめえ馬鹿にしてんのか?
Sレイマリ
いやいやいや違いますよ!!ただほら、自己啓発本を好んで読む人ってあんま見ないから珍しいっていうか…
めめんともり
はっ、視野が狭いな舞。もっと世界を見てみろ、自己啓発本が好きな奴なんて何百万、何千万人もいるぞ
Sレイマリ
そ、そうなんですねあねき!

いつものように弟子としての立ち振る舞いをして、のそのそとベッドの上から立ち上がる。

この厚着による圧迫感にもいい加減慣れたいものだ。こんなにも寒い世界なんだから。

あねきが開けたリビングダイニングへと繋がるドアの方からは、外に関する情報を伝えるニュースキャスターの声が垂れ流されていた。









数週間前、世界は凍った。
所謂、スノーボールアース、というやつ。

ニュースは「まさに暴力的な未曾有の寒さ」だとか言っていた。


凍ったその日、窓の外は青と白だけだった。

道路も、空も、その辺にある街路樹すらも全部が真っ白になって、真っ青な氷やつららが知らない間にできていて。
真っ白な風、おそらく吹雪が、あたりをひどく荒らしていた。

まるで化け物が辺りを全部食い荒らしたような、昨日とは全く違う世界は気味が悪く、私はただ、固まることしかできなかった。

どうやらそれはあねきも同じだったようで、その日からカーテンが開くことはなくなった。

それとこの異常気象のせいで、今この家は朝でも夜のような暗さがずっと続いていた。



今日のニュースは、うっかり外に出て死んだ奴の肺が凍っているという内容。
散る冷気を思い切り吸い込んだせいか、肺の細胞が壊死して肺が砕けた状態で見つかったらしい。

Sレイマリ
…危ない世の中ですね、あねき
めめんともり
全くだな、早く春になったらいいんだが
Sレイマリ
そう、ですね…
ひふ、ひふ、ぜー、ぜー。

寒さに怯えて浅い呼吸をすると、白い息が一緒にゆらゆら揺れる。


その白が、窓の外を想起させるようで。

Sレイマリ
…コンポタ作りますぜあねき。どのくらいの量がいいですか?
めめんともり
あるだけ寄越せ
Sレイマリ
たくさんですね、了解ですあねき!
虚勢を張って返事をする。

ふつふつと音を立てて、
電気ポットが熱された。


あったかい。ぽかぽかしてて、安心する。
その思いのまま静かに目を閉じて、前の思い出やこれからの夢にそっと思いを馳せ始める。





いつかこの家の窓も意味を成さなくなることも、これはほんの一瞬の麻酔でしかないことにも、全部に目を背けたまま。
Sレイマリ
あねき、コンポタできましたぜ!
めめんともり
グッドタイミングだ舞、ちょうどニュースが終わったぞ。ほらここ座れ
Sレイマリ
えっほんとですか!
そうやって一言二言交わしては、こたつの上にあるみかんをとった。

できるだけこたつに入ってる面積を多くして、適当な軽口を飛ばし合う。
めめんともり
…ニュースが終わってバラエティが始まったのはいいが、いい加減この回も見飽きてきたな
Sレイマリ
そうっすね、二人合わせたら20くらいにはいくんじゃないですか?
めめんともり
…否定できないのが嫌なとこだな
Sレイマリ
仕方ないですぜあねき、もう新しい回を録る余裕なんてないでしょうし
めめんともり
んなこたわかってる
Sレイマリ
す、すみませんあねき!!
めめんともり
別にいい。これも春が来るまでの辛抱だからな
Sレイマリ
…そうですね
めめんともり
なに意気消沈してんだ舞
Sレイマリ
あ、いや、別に…
めめんともり
…まあいい。舞、お前は春になったら何をしたい?
Sレイマリ
……煙草が吸いたいですね。もうニコチン断ちは懲り懲りですぜ
めめんともり
確かにそうだな、もう気を抜けばぶっ倒れそうだ
Sレイマリ
そうですねめいのあねき…ほんとに…



…本当は、私もあねきもわかってる。

次の季節が来ることなんて、ないんだ。
それでも、夢を見るしかない。


この家は暗い。というより、朝が来ない。
そんな薄気味悪い夜だと、現実を見てしまえばすぐ感情がぐるぐると混濁してしまう。
少しでも明るくなろうと歌を口ずさんでも、すぐに息苦しくなってできなくなってしまったのだから。


…いや、今日はいつにも増して体が冷えてる。

多分、冷気の蔓延が悪化してるんだ。



いやだ、死にたくない。
あんな仕事をしていて軟弱だと思われるかもしれないが、やはり生存本能には勝てない。

ニュースで言われていた言葉が反芻される。


私達もいつかはあの男みたいに、細胞単位で全てが凍って、あっけなく終わってしまうのかもしれない。

もしかし、たら…
めめんともり
Sレイマリ
!!
Sレイマリ
…あねき、すみません
めめんともり
ペコペコしなくていい。ほら、米が炊けたから食え
Sレイマリ
へ、へい!すいやせ…
めめんともり
ペコペコするなと言ったぞ
Sレイマリ
…ありがとうございます、いただきやす!
めめんともり
及第点ってとこだな
Sレイマリ
それはなんなんですかあねき…
話すための舌を止めて、既に湯気が消えかかっているご飯を口に運ぶ。

目の先ではあねきも同じことをしていた。




Sレイマリ
…おいしいですね、あねき
めめんともり
ほんとにな

美味しいな、美味しい。
本当に、悲しいほどに。


そんな思いは喉元でせき止め、心の中で涙をこぼす。

泣くのはよくない、すぐに冷えて体温が下がる。





…もういっそどでかい流れ星でも降ってきたら、その熱さでこの寒さと相殺されてまたいつもに戻ってくれないだろうか。

なんて有り得ないことを考えながら、黙ってカチャカチャ箸を動かす。

すっかり身についた早食い技で、あっという間に皿の上は空っぽになってしまった。
Sレイマリ
…ご馳走様でした
めめんともり
美味かったな
めめんともり
…ほら舞、ボサッとしてないでさっさと寝に行け。死ぬぞ
Sレイマリ
……うす…

こんな世界となってからは、生活がガラリと変わった。

起きて、ご飯を食べて、すぐ寝に行って、次のご飯の時にまた起きて、食べて、また寝て、起きる。

こんな繰り返しをずっと続けていた。


あねきの言っていることは正しい。最もなことだ。体力を残すためには、ちゃんと食べてちゃんと寝ることが一番の正解だと思う。



…ただ、なんというか。


食って、寝て、食べて、眠る。
ずっとこれだけをやっているのが、今日で…何日になるだろうか。

とにかくひたすらに、同じことだけを繰り返す。


これに、嫌気が差したというか。
これ以上し続けると頭がおかしくなるんじゃないかと思ってしまったというか。

今日は、このまま寝るのに抵抗があった。
めめんともり
舞?
Sレイマリ
あ、えっと…
めめんともり
…まあ別に言わなくてもいい、お前の顔である程度は理解できた
Sレイマリ
そ、そんなにわかりやすいですか私
めめんともり
そうだな、「こんな生活もう嫌だ」って思ってるのがすぐわかる
Sレイマリ
…ほんとに合ってるし…
めめんともり
はっ、お前が私を出し抜くなんて未来永劫無理な話だ
Sレイマリ
別に出し抜こうとは…
めめんともり
細かいことはどうでもいい
Sレイマリ
わ、わかりましたあねき!
めめんともり
春になったら、タイムカプセル開けに行くか。それで揃いのアクセサリーを作ろう
 











Sレイマリ
えっ?
めめんともり
あ?覚えてねえのか?埋めただろ、2人で昔よく行ってた裏山
Sレイマリ
あ、いやそれは覚えてますあねき!!クッキー缶のやつですよね、きれいな石とか手紙とか入れて
めめんともり
なんだ覚えてるじゃねえか。それだ、それを一緒に開けに行こう
Sレイマリ
…それはまた、なんで急に…?
めめんともり
目標があれば、少しは気力も出てくるだろ。それに今は山も凍って、到底土を掘り返せるような状況じゃねえだろうしな
Sレイマリ
…あねき…
めめんともり
どうした、舞

…ああ、やっぱりこの人はかっこいい。

ぶっきらぼうな口調ではあるけれど、泣きたくなるくらいあたたかくて優しい。
例えるなら、さっきのコンポタみたいに。



なんでだろう。

そんな優しい顔してていいんですか、とか。
裏社会にいるのにそんな優しさ持っちゃって大丈夫なんですか、とか。

浮かんだことはたくさんあるのに、言葉が詰まって出てこない。

めめんともり
…話さないなら部屋に帰るぞ
Sレイマリ
ちょ、ちょっと待ってくださいよあねき!!!
めめんともり
なんだ、さっさと話せ
Sレイマリ
その…


…だめだ、やっぱり出てきてくれない。

Sレイマリ
…手紙も入れたじゃないですか、あのタイムカプセル。あれ、なんて書いていたんですかい?
めめんともり
あ?
Sレイマリ
いやほら、もしかしたら掘り出しても内容わからないかもしれないじゃないですか!だから今聞いてみたかったというか…
めめんともり
…あー




めめんともり
覚えてない。それじゃとっとと寝ろ
Sレイマリ
え!?いやその間は絶対覚えてるやつですぜめいのあねき!?
めめんともり
耳障りだ静かにしろ
Sレイマリ
す、すみやせんあねき!!
めめんともり
…手紙の内容は春になったらだ。それじゃ、また明日
あねきはそう言い終わると、目にも止まらぬ速さで自室へと戻って行った。


…そうだ、そうだな、春になったら。
世界がこのまま終わらなかったら、世界がこのまま眠らなかったら。

優しい未来を見せてくれる。
そんなあなただから、私はあなたについていきたいとずっと思っているんだ。



…いつか、心から尊敬していると。姉貴としても友達としても好きだと、これからもついて行かせてくれと。

春になったら、タイムカプセルを掘りに行ったときだったら、それも伝えることができるだろうか。


でも、今は勇気が出ないから。
どうか、これだけで許してほしい。
Sレイマリ
へい、あねき!!


そうして、あれからまた十日ほどが経った。

今日もまた、みかん片手にこたつに入り、疾うの昔に過ぎ去った季節のことを話して懐かしんでいた。
めめんともり
今日で、秋から何ヵ月経った?
Sレイマリ
たぶん4、5ヶ月は経ってると思いますぜあねき
めめんともり
そうか、一昨年くらいにやった潜入捜査よりはまだ短いな
Sレイマリ
確かにそうっすねあねき!ならまだ余裕ですぜ!
めめんともり
ああ、当たり前だ。こんなんでへばってたら承知しねえぞ舞
Sレイマリ
もちろんですぜあねき!


あの日、タイムカプセルのことを言われてからは、面白いくらいに不安や恐怖が消えていた。

やっぱりあねきの力は偉大だと、みかんを一房ちぎって食べてはそうやって呑気に考えていた。

近くにおいてあるテレビからはあいも変わらず、この前も観たバラエティが流されている。
Sレイマリ
そもそもこのテレビって誰がどうやって流してるんですかね
めめんともり
知らん。たぶんオート機能とかが使われてるんだろ、だから毎日同じもんしか流れねえんだ
Sレイマリ
なるほどですあねき!
Sレイマリ
…あれ、だったらニュースはどうなんですかい?
めめんともり
舞、てめえにはテレビの原理なんかよりもちったあ自分で考えることを覚えた方が良さそうだな。最近はニュースやってねえだろ
Sレイマリ
す、すいやせんあねき!!
めめんともり
ったく、そんなんだからおまえは出世できねえん、だっ…!?
Sレイマリ
あねき!?
ガタンと大きな音が鳴った。

あねきが、机に突っ伏している。
Sレイマリ
あねき大丈夫ですか!!もしかして敵襲が…!?
めめんともり
…っちがう、そうじゃ、ね、え…
Sレイマリ
だ、だったらどうして…!
ふら、ふら。

弱々しくあげられた右手が、あねきの部屋の方を指す。
顔色がさっきとは見違えるほどにひどかった。
めめんともり
…ベッド横に、ある、くすり…もって、こい
Sレイマリ
で、ですがあねき…!
めめんともり
はやく
Sレイマリ
へ、へいあねき!!
ごくん。

小気味よい音を立てて、持ってきた薬が水によって嚥下される。
するとどうだろう、真っ青だった顔色がみるみるうちに良くなっていった。
Sレイマリ
あ、あねき…
めめんともり
…まい
めめんともり
…もう、平気だ。変なところを見せたな、忘れろ
Sレイマリ
…むりです、そんなの…わたしに、は…
めめんともり
忘れろと言った
Sレイマリ
っ…



何も、言わないべき?
































…否。



こんなとこで勇気を出せない奴こそ、あねきの元にはふさわしくないはずだ。



Sレイマリ
…いや、です
Sレイマリ
あねきがつらい思いをしているのに、見て見ぬふり、なんて…それこそ、舎弟…いや
Sレイマリ
幼馴染としても、失格だ
めめんともり
……

ピタリ、あねきが動きを止めた。

表情を窺おうとするも、下を向いているから長い髪で遮られていて見えない。
























顔が、見えた。





めめんともり
…別に大したことじゃねえ。寒くなる前から少し頭痛があって、最近それが悪化したってだけだ
Sレイマリ
…そうなん、ですか
Sレイマリ
…ごめんなさい、あねき。
私は、気づくべきなのに
めめんともり
大したことじゃねえって言ってんだろ、いいからとっと部屋戻れ。もう飯も食い終わるだろ
Sレイマリ
…へい、あねき

さっきあったことは夢だったとでも言うかのように、あねきはもう飄々とした態度に戻っていた。

こうなったら、私の出る幕はもうない。
ずっと傍にいるんだ、これくらいはわかる。

そう思い立ち上がろうとしたとき、あねきの手が目の端に見えた。

机に置かれた片手は、ほんの僅かではあるものの、カタカタと小刻みに震えていた。








Sレイマリ
…あね
めめんともり
うわなにすんだてめえ気持ちわりい!!
Sレイマリ
いだあっ!?ちょ、流石にビンタすることはないんじゃないですかい!?
めめんともり
馬鹿野郎!!どう考えてもいきなり手触ってきたてめえが悪いだろ!!
Sレイマリ
す、すいやせんあねき!!
めめんともり
一体なんでてめえは私の手を触るなんて愚行に行き着いたんだよ
Sレイマリ
そりゃ、その…あねきが…
めめんともり
ボソボソ話すんじゃねえ舞、言いたいことがあるならとっとと…
Sレイマリ
あねきの手が震えてたから!!
めめんともり
Sレイマリ
だからこう…手ぇ繋いだら少しでも震え止められないか?って思いまして……すいやせん
めめんともり






めめんともり
ばかかおめえは。どんな理由があろうと、急に手を触るのは気持ちわりいぞ
Sレイマリ
そ、そうっすね…
めめんともり
それじゃまた夜、私は戻る
Sレイマリ
へ、へいあねき!おやすみなさい!

今度こそあねきは、自室へと戻っていった。
さっきよりも良くなった顔色を携えて。

ふと見た自分の手は、さっきのあねきのように小刻みに震えていた。





Sレイマリ
…情けねぇ…
自分だけがいる部屋に、悔やむ声だけがただただ虚しく木霊していく。


ああ、あねきのためすべきことがなにもわからない自分が心底嫌いだ。

無能。
あねきの言う通り、こんなんだから私は出世できない。いや、あねきは私を傷つけようとして言ったわけでは決してないんだろうけど。

それでも、それは紛れもない真実だ。



死。
生物学的終わり。

私達が人間である限りは、いつかそれを迎えなければならない絶対的なもの。

それらを前に、私達はただ立ち尽くし、待ち続けることしかできない。

そうだとわかってはいても、自分の弱さを恨むことはやめられそうにない。


Sレイマリ
…はあ…

一つだけついたため息は、あっという間に白く凍っていくだろう。

それすら見るのも億劫で、目を背けては立ち上がる。


強く、強く、憎しみも恨みも悔やみも乗せた力で、自分の手を握りしめながら。















大した痛みには、ならなかった。
それからまた、時間が経った。

食う、寝る、起きる、食う、寝る、起きる。

この繰り返しは、今で何度目になるだろう。


…そもそも、今は世界がこうなってから何ヶ月目の何日目になるんだったか。


Sレイマリ
…う…




だめだ、思い出せない。

寝起きだからか、あたまが、いたい。

リビングにある救急箱、頭痛薬ってあったっけ。



Sレイマリ



もう、こりごりだ。こんな、生活。


こんなもの、生きる活動なんて言いたくない。


虚しく、苦しい。

…今日は少し、悲しさも混じった。





Sレイマリ
…からだ、あつい…


熱で頭が浮かされたか、長く続いたこの暮らしで精神力が限界まで削られていたのか、この時の私はどうかしていて。


窓の近くなら、涼しいんじゃないかと。

長らく閉じていたカーテンを、ゆっくり、ゆっくりと開けていった。










Sレイマリ
あ、れ…?


窓の外は、以前見た景色とは全くの別物になっていた。



一面、真っ青だ。

前に見たときよりも、さらに酷く。


それは最早、暴力的な青とも言えた。


ただ、一つ、大きな変化があった。















吹雪が、ない。

あの、化け物の息吹と言われても信じてしまいそうな、真っ白な吹雪が。



おかげで、遠くまでよく見える。

氷漬けにされた、街が。 






これは、私の住んでいる街だ。







Sレイマリ
…もしかして



私は、思ってしまった。
そう、思ってしまったのだ。




もしかしたら、雪は、止んだのかもしれない、と。


もしかしたら、外は、あの絶望的寒さの気温ではなくなったんじゃないか、と。





思い立ってしまっては、もう、削られきった精神力では行動を止めさせることはできなかった。




ついさっき生まれた希望に踊らされた体は驚くほどに速く動き、窓の鍵へと手を運ばせた。



カチャリ。音が鳴る。


グッと窓枠に力をかけた。
今も尚膨れ上がる希望を胸に抱いて。













































そんなものは、瞬きする間も与えられぬまま、粉々に砕かれた。
































Sレイマリ
ゔあ"っ…!!?

つんざくような痛みを受け、たおれた
ごぷっと音が出て、口から赤い血が垂れていく


いたい。いたい、いたい

まどのあいたところにあった、みぎてが、みぎうでが、みぎかたが、いたい

わたしは、あねきの、みぎうでが





いたい


   肺が    からだが





かたん、と、ガクガクと震える手で窓を閉めた



だけど、もう、ておくれだった








吸いこんじゃったんだ、外の空気を





つめたい。

さむい。

からだが、いたい






いまは、夜

タイミングとしては、一番さい悪だ












そうだ



そうだった





ここは、雪と氷に閉じ込められた箱庭




発した歌声すらも、三メートルを過ぎれば結晶になって凍ってしまう世界












どうしよう




どうすれば、どうしたら











めめんともり
舞、なにかあったか
Sレイマリ
!!







Sレイマリ
あね、き…

とっさに隠した私の右手

垂れた血はさっき拭っておいた

でも、あねきは、たぶん




めめんともり
…舞
Sレイマリ
…は、い
めめんともり
…今日はいつもより寒いらしい、もっと厚着しとけ。私は先にリビングに行ってる
Sレイマリ
めめんともり
なんか用か


Sレイマリ
いや
Sレイマリ
なんでも、ない、です
めめんともり
そうか


めめんともり
みかんはまだ残っているから、さっさと来い。残しといてやるから
Sレイマリ
…ありがとうございます、あねき
めめんともり
ああ

パタン


あねきにしては珍しく、静かに扉が閉められた




ぽたり、と

涙が顔を伝い、氷になって固まった


丁寧に剥がす気力は、なかった





Sレイマリ
…った…

ガリ、ガリ、爪で削るとそれは案外簡単に取れた




八つ当たりをするかのように、大きく振りかぶって床に投げつけた

利き手では投げられなかったから、あまり上手には飛ばなかった



ひどく冷えた部屋の中、クローゼットを無理矢理開けた。
がちゃっ





めめんともり
舞、来たか


Sレイマリ
あね、き…
めめんともり
なにぼけっと立ってんだ、さっさとこたつに入れ。飯もほら、用意してあるから
そう言ってあねきは机の上を指した

そこにはみかんと、湯気のないカレーライスがあった
Sレイマリ
…ありがとうございます、すごい美味しそうですぜあねき
めめんともり
だろう。今日のは自信作なんだ、たくさん食え
Sレイマリ
…へい

私がこたつに入ると、あねきはこちらに目を向けてもないのに、いつもよりもたくさんのスペースをあけてくれた


特に、私から見て右のスペースを、たくさん。



Sレイマリ
…あねき…
めめんともり
なにしてんだ舞、ほら早く食え。冷めちまうだろ
Sレイマリ
…へい、めいのあねき。



Sレイマリ
…いただきます
慣れない左手でスプーンを持ち、カレーのルーとご飯をすくう。

舌の痺れる感覚と、優しい味が口に広がった。

Sレイマリ
…おいしい、です、あねき。
Sレイマリ
…すごく、おいしい…
めめんともり
そうか、当たり前だ。この私が腕によりをかけて作ったんだからな
Sレイマリ
流石、です
めめんともり
そうだろう

そう言うあねきは、みかんを一房ちぎって食べていた


少し、酸っぱそうだった


たしか、昨日のみかんも、すっぱかった
めめんともり
明日は、なにをする?
Sレイマリ
…あした…
めめんともり
そう、明日だ。最近は同じことしかしてなくてうんざりしてきたからな、たまにはなにか違うことをしよう
Sレイマリ
めめんともり
今うちにはなにがあったんだったか…
めめんともり
…そうだ、チャカがある。適当なもんでも並べて、射的ごっこでもするか
Sレイマリ
…物騒、ですね
めめんともり
なに、別に本物の弾は入れねえ。酒があったはずだ、そのコルクでも詰めて弾代わりにしよう
Sレイマリ
…流石あねきですぜ、やってみたいです
めめんともり
だろう
そう言って、あねきは笑った。


伏し目がちで、寂しげな、笑顔だった

めめんともり
春になったら、なにをする?
Sレイマリ
…なにを、しましょうか。思いつかないです
めめんともり
そうだろうな、お前は頭がかてえからな
Sレイマリ
はは、そうですね…あねきは頭が柔らかくて、羨ましいや
めめんともり
舞も少し勉強すればこうなれる。やってないだけでな
Sレイマリ
…舎弟があねきを越すのは、いいんですかい
めめんともり
言うようになったな、舞
Sレイマリ
す、すいやせん…
めめんともり
別にいい。お前は私の舎弟なんだ、むしろ常に強気でいろ
Sレイマリ
わ、わかりやした!
めめんともり
ふ、いい返事だ




さむい、な



右手が、つめたい



さっき見たときは、真っ青になって凍っていた

今は、どうなっているんだろうか
確かめようにも、厚着しているからわかりそうにない

めめんともり
…春になったら、旅行にでも行くか?
Sレイマリ
…旅行…?
めめんともり
ああ、旅行だ。組織の仕事はバックレるか、たまに休んでも文句言われねえだろ
Sレイマリ
…そう、ですね。あねきは、どこに行きたいんですかい?
めめんともり
そうだな…煙草の製造所とか、行ってみてえな
Sレイマリ
そんな場所があったら、行ってみたいですね。きっと天国みてえなところだ
めめんともり
縁起のわりいこと言うんじゃねえ、舞
Sレイマリ
…すいやせん、あねき


ああ、やっぱり、あなたには言えない



きっと、気づかれているんだろうけど。

それでも、こんなにも優しいあなたに、これ以上嫌なことを伝えるなんてできるわけがない。


Sレイマリ
…あねきはカレー、食べないんですかい
めめんともり
私はもうお前が来る前に食べきったぞ。お前が来るのが遅かったからな
Sレイマリ
…遅れてすみません、あねき
めめんともり
別にいい。こんな生活してんだ、そういう日もあるだろ
Sレイマリ
…優しいですね、あねきは
めめんともり
馬鹿野郎舞てめえ、私はいつも女神のように優しいだろうが
Sレイマリ
も、もちろんですぜあねき!

トク、トク。

すっかり冷え切った心臓が、弱々しくも鼓動を打つ。

少しでもあっためられないかと、こたつの中、しもやけの手を静かにこすった。
めめんともり
…最近、夢を見るんだ。桜の夢だ
Sレイマリ
桜、ですかい?
めめんともり
ああ。満開の桜の下で、2人で裏山に行って、あのタイムカプセルを掘り起こすんだ
Sレイマリ
…楽しそうな夢、ですね。私もそんな夢見てみたいです
めめんともり
てめえ馬鹿にしてんじゃねえんだろうな
Sレイマリ
い、いやしてないですあねき!!
めめんともり
…ならいい
めめんともり
舞、お前は夢は見ねえのか?
Sレイマリ
確か、最近はあんまり見てないですね
めめんともり
そうか、熟睡できてるならいい
Sレイマリ
あ、ありがとうございますあねき!
めめんともり
…そういえば舞、お前は_____
そうして、あねきはたくさんのことを一緒に話してくれた。


たくさん、たくさん。


明日のこと。

来週のこと。

次の季節のこと。




未来の、こと。







でも、そんな状況にも、段々と魔の手は伸びてきてしまった。











めめんともり
…それ、と…


あねきの息が、荒くなってる。

舌も、段々と、回らなくなった。

もちろん、私も。





わたしの、せいだ。


私が、窓を開けたから。

私が、冷気を入れてしまったから。





めめんともり
…い

わたしの、せい

めめんともり
…い、舞

わたしの、せいで…!
めめんともり
おい、舞!!!!!
Sレイマリ
!!




Sレイマリ
…っあ、あね、き…?
めめんともり
返事しろ、って、言ってん、だろ。なのにてめえ、無視しやがって…
Sレイマリ
す、すいやせんあねき!!
Sレイマリ
…ほんとう、に…
めめんともり
あ?










Sレイマリ
ごめんなさい、あねき
Sレイマリ
わたし、まどを、あけちゃったんです。外がふぶいてなかったから、もしかしたら、寒くなくなったのかもしれない、って
Sレイマリ
…それで…こんな、ことに……
Sレイマリ
…本当にごめんなさい、あねき
めめんともり


こわい。


あねきが、どんな顔をしているのかを知るのが。


どうしても勇気が出てこなくて、下げた頭を上げられない。


Sレイマリ
な、なんでも、できます。焼き土下座でも、なんでも…
めめんともり
静かにしろ
カンッ!
Sレイマリ
!?

軽快な音に驚いて前を向く。

そこではちょうど、キラキラと光るコインが宙に舞ったところだった。
Sレイマリ
あ、あねき!?なにを…!
めめんともり
静かにしろと、言っただろ
Sレイマリ
へ、へい!
慌てて口をつぐむと、パシッと音が出てコインがあねきの手の甲に乗った。

すぐさま別の手がそれに被せられて、表か裏かはわからなかった。
めめんともり
選べ、舞。表か裏かだ
Sレイマリ
わ、わかりやした



Sレイマリ
…裏、です。裏で、お願いします
めめんともり
…そうか






めめんともり
舞、お前運が、いいな。裏だ
Sレイマリ
…あ、ありがとう、ございます…ちなみに、これ、は…なんの、コイントスで…?
めめんともり
…これは、な




めめんともり
ここで寝るか、寝ないか、ってのだ






Sレイマリ
えっ?


めめんともり
っふ、はは…
めめんともり
別に、たいしたことじゃ、ねえ。今少し眠い、から、ちょっと寝落ちするか、ってやつだ
Sレイマリ
たいした、ことじゃない、って…そんな、の…!

ここで寝るなんて、そんなの、もう諦めようって言うようなものじゃないか。


そう叫びそうになって、寸前で思い留まる。




馬鹿なわたしでも、きづけた



あねきがそう言う、理由は___





Sレイマリ
…ごめん、なさい、あね、き…
めめんともり
…舞、おまえ、泣くんじゃ、ねえよ
めめんともり
なみだ、が…凍る、だろ
Sレイマリ
だっ、て……こんな、わたし、は…!!

ひたすらに、わたしは愚かで、無力で。

あねきのその、色々なことを諦めてしまったかのような、そんな表情をさせないようにすることも、できない。


めめんともり
…違う。そうじゃ、ねえ、よ、舞

めめんともり
もともと、おわりは一択、だったん、だ。それが、今日だったってだけで、な…






めめんともり
もう、ねむろう、舞。
めめんともり
…だいじょうぶ、だ、わたしが、いっしょ、だから…


Sレイマリ
…あね、き…

ずず、ず。



這うようにして、あねきが私のほうに来てくれた。




あねきの手は、すっかりまっかになっていた。










めめんともり
…ほら、これなら、すこし、は、安しんできる、だろ…


Sレイマリ
は、い。あね、き…


ぺたん。




あねきが、わたしが、よこになった






みぎては、見えないように、かくした。



めめんともり
…なんだおまえ、そんなへんな体勢、で…
Sレイマリ
…さいきん、は、この寝方が、よくねむれるんです、よ
めめんともり
っは…そんなん、だか、ら…お前、夢も見れねえんだよ
Sレイマリ
そうです、かい…?
めめんともり
ああ、そう、だ





あねきの手が、ちかくにあった





そっと左手をそえたら、退けられなかった。




めめんともり
…なん、だ、まい…
Sレイマリ
……あね、き、さむそう、だったか、ら。
Sレイマリ
こうした、ら…あったまるかな、って…
めめんともり
…そう、か
めめんともり
ありがとうな、舞


Sレイマリ
めいの、あね、き……







頬に、なにかが凍るかんかくがした







もう、気にする気は起きなかった

























































めめんともり
おやすみ、まい





Sレイマリ
おやすみなさ、い…
Sレイマリ
……めい、の…………































































ああ






























でんき、とまっちゃった














                 Fin.
御本家様

プリ小説オーディオドラマ