〈latte side〉
突然だが、私は画家をしている。
といっても別に宮廷画家とか、お偉いさんに雇われているわけではない。
フリーのしがない画家だ。
私自身も特に貴族等の高い地位を持っているわけでもなくただの市民なのだが、私の腕がいいおかげで今はかなり売れており、私に依頼をするお得意様も何人かいて、中々の生活を送らせてもらっている。
そんな私が今、なにをしているかというと___
__そのお得意様の内の一人の家に向けて、全力ダッシュを決めているところだった。
全ては馬車が悪い。急に風邪引いたとかで予約をバックレやがった馬車が。体調管理くらいちゃんとしろよ仕事だろ馬鹿がよ!!!!!私なんて依頼された日に体調を崩したことは一度もねえんだぞ!!!!!
周囲の冷たい目は無視し、苛立ちをそのまま叫びに乗せる。
そう、今日はお得意様の中でも一番怖い人…いや、一番怖い方。
なにせこの依頼者様は、巷でも有名なお貴族様であり人外___ヴァンパイアなのだ。
いや、別に気性が荒いとかではない。
むしろあの人…じゃなかった、あのヴァンパイアは私の今までの依頼者の中で一番穏やかまであるほどだ。
ただ、こう…なんか、底が知れないというか。
ずーっとずーっと、偽りのモノしか向けられていないというか。
得体のしれない恐ろしさがある。
人間の本能に最初から植え付けられているかのような恐怖が。
恐る恐る確認した懐中時計は、依頼された時間からはあと2分しか残されていないことを示している。
現在到達地点、依頼者の家まで残り約600m。
出不精の私にはかなりきつい距離、だが…
自身に発破をかけ、また全力で腕を振り出した。
必死に走り続け今何時何分なのかもわからなくなった頃ようやく屋敷の門が見え、エネルギーが急に消えたかのように力がどんどん抜けていく。
ふらふらと今にもぶっ倒れそうなほどの状態で歩いていくと、いつもの門番さんの顔が見えた。
門番さんの言う通り、依頼者が住むこの屋敷はかなり交通の便がないところにある。
あたりを見渡せど木、木、木。
ここは王族達の手すらも届かないほどに膨大な深い深い森の中にある、大きな館なのである。
巷で噂。それはいい意味ではない。
『変わり者の辺境吸血鬼』
それがこの屋敷の主、そして今日の依頼者についた悪名であった。
カツ、カツ、深い赤に金色の柄があしらわれた絨毯の上、履いてる靴が音を立てる。
長い廊下、一定間隔で設置されている蝋燭。
えんえんと続く同じ風景にそろそろ嫌気が差してきた頃だ。
何がいやってこの廊下、光源が蝋燭しかない。
要するにめちゃくちゃ薄暗いのだ。
吸血鬼は太陽光に当たると消えてしまうからそれも当たり前なのかもしれないが、人間の私としては大分不気味だ。
正直この依頼を受けると返事する直前は毎回、この廊下を歩くことに対する憂鬱さで少し手が止まる。
まあ、それでもやっぱり受けてしまうのだが。
だって、私は____
置かれているものも扉の大きさも常に同じの単調な廊下だと一際目立つ巨大な扉の前に立つ、一人の人。
どうやら、考え事をしている内に依頼者のいつもいる部屋の前に着いていたようだ。
感謝を伝えつつ会釈して、使用人さんが開ける扉の軋む音を聞きながら、静かに静かに、部屋へと入った。
頭の中で、覚悟を決めて。
今日の依頼者、この館の主でヴァンパイア。メテヲ様は、前と変わらず、深い赤に金色の装飾が施された豪華な椅子に座っていた。
にいっと細められた目から、真っ赤な瞳が薄く覗いている。
そして、この部屋の壁には一面、彼のみを描かれた絵が額縁に入れられ、飾られていた。
少し、どこか噛み合わない会話を交わしながら、私はいつもの席についた。
これは約一ヶ月ぶりだ。
彼は一ヶ月に一回、必ず私に依頼をする。
…今のところは、だが。
そう言うと彼は、滑るように前回と全く同じ姿勢に変えてくれた。
そう言い、机の筆を取った。
パレットに赤と黄色を出して、彼の色に近づけようと他の色を探し始める。
蝋燭しかない部屋だから、いまいち手元が見にくい。
…あった、これだ。
驚き顔を上げると、微笑を浮かべる彼と目が合った。
薄暗い部屋、彼の瞳だけがひたすらに、燃える炎のように存在していて、思わず目が奪われてしまう。
どうやら機嫌が良くなったようだった。
だけどお世辞を言ったつもりはない。
これは本当に、紛れもない事実だ。
…にしても…
急かされるようにして、キャンバスに筆を慎重にのせる。
普段は別に慎重派でもないのだが、この依頼だけはどうしても慣れることができない。
壁に立ち並ぶ無数の彼の肖像画が、そんな私をじっと見ていた。
気になって探してみると、先月描いた自分の絵はかなり目立つところに飾られていた。
気に入ってくれたのかもしれない。
ああ、あれはたぶん最近売れてきている画家の絵だ。
あれはこの前酒に溺れ破産していた画家の絵。あれは少し前に宮廷画家になった人の絵。あのタッチは…おそらく、数十年前に亡くなった有名な画家のものだろう。
もしここにある絵が全て一つの美術館に寄贈されたのなら、果たしてその美術館はどんなにか有名になるのだろう。
さらり、彼の髪が揺れる。
丁寧に丁寧に、彼の使用人が手入れしたのであろうそれはきらきらと金色に輝いており、夜空に瞬く流れ星のようだった。
彼が指差した先には、書き途中の絵が額縁に入れられていた。
もうここには何度も何度も来ているのに、今更気づく。それくらいにはその絵は目立たないところに飾られていた。
彼は未だに平然と微笑を浮かべていた。
彼は、おかしい。
私の価値観で語るなら、根本からおかしいんだ。
…まあ、そんなこととっくにわかっている。
画家を殺すことはよっぽどの粗相がない限りないということも。
ただ、彼は気分屋だ。画家の少しでも気に入らないところに気づけばすぐに依頼をやめてしまうほど。
だからこそ、私のようなこんなに長く続く画家は珍しいのらしい。
それを境に、彼はピタリと動きを止めた。
全く、1mmたりとも、瞬きすらもしないまま。
ああ、彼は人間ではないのだと。
もう何十回も見てきたはずなのに、毎回その姿を見る度そう思わせられる。
さあ。描こう。
目の前のヴァンパイアを、全てキャンバスに落とし込め。
気が遠くなるほどの試行錯誤を続けた後。
キャンバスには、"彼"がいた。
脳内に浮かんでいたままが、そこにある。
ずっと入れていた力をようやく抜くことができ、落としてしまいそうになりながらもなんとか筆を机においた。
半ば奪われるようにして、ぶわっとキャンバスが宙に浮く。
未だ力の抜けている体をなんとか動かし行く先を見ようとすると、もう既にキャンバスは彼の手に収まっていた。
それを、彼は食い入るように見ている。
表情が、見えない。
だけど別に、不安はなかった。
暫く経つと、彼はそっとキャンバスを置いた。
そう言うと彼は咀嚼するように、「これはメテヲ」「これはメテヲ」と何度か呟いた。
そしてまた、私を見やった。
にこっと、私が来たときよりもずっと優しい顔で、彼は私に笑いかけた。
嗚呼、綺麗だ。
そんな彼を見て、私はそう思う。
彼は、どんなものよりも美しい。
ピリッと肌が痛むのを感じた。
覚悟をもう一度決めろ。
ここからが本番だ。
心の肝にそう呼びかけ、彼の方へとしっかりと顔を向けた。
少しだけ呼吸を整えた後、そう返事する。
今にも震えだしそうな体を必死に抑えて、彼の方へと歩き出す。
気づけば、彼は目の前にいた。
顎のあたりに、なにかがある。たぶん手だ。
真偽を確認したくても、それが顔をビタッと固定して動かせない。
流れるように吐き出された言葉が、私の鼓膜にぐちゃりと纏わりつく
こいつからにげて
本能が絶叫する
あたまがひたすらけいほうをならしている
こいつからはなれろとさけんでいる
それでも今、私は、彼の手によって顔を限界まで近づけられ、彼の目に囚われていた
めのまえにあかがひろがっている
ああ、なんて綺麗な赤なんだろう
まるで鮮血のように真っ赤で、見るだけで心臓が震えてしまう
それくらいに彼の目は美しく、絶望的に妖艶で、冒涜的だった
つぷり、彼の指が食い込む。
いたい。
いたい
いた、い
そんなわけ、ない。
彼の目は、私の目なんかよりもずっとずうっと、何百倍も、何千倍も、綺麗なんて言葉じゃ片付けられないほどの色をしている。
それでも、わたしは
こう返すしか、ないのだ。
顎の痛みが少しひいた。
ああ、これでおわりだろうか。
なんて、勝手に安堵していたときだった。
いきなり、またむりやり顔を上に向けられた
くるしい
ああ、でも、途方もないほどに
創作意欲が、掻き立てられるんだ。
メテヲ様の目に、言葉に、感情に
ああ、ああ、今すぐにそれら全てを私の感じたままに、余すことなく、キャンバスの中にぶちまけてみたい
だから
だから、私は_________
この依頼を受ける以外の選択肢が、ないんだ。
Fin.
![くるみ[暇T中毒]さんのアイコン画像](https://novel-img-gcs.prepics-cdn.com/prcmnovel-tokyo-prod-converted-images/p/09e64b3137f83da5f12b5037a846bea036b2a307/user-icon/01KN4S2267F5JZ154FS28ZNV5M_resized_192x192.jpg)











編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。