ナイフを手に取った。
覚悟を決める様に深く深呼吸をした。
手に持ったナイフを、“天馬司”に刺した。
赤黒い血が滲む。
ナイフの先から血がポタポタと垂れ、辺りは血に塗れた。
呼吸が浅くなる。
ナイフの先から伝わる、人を刺したという実感が、喉を締め付けるようだった。
目の前にいるオレ──いや、渋谷連続殺人事件の真犯人は、憎しみの目でオレを見ていた。
そこまで言い、「私」は苦しそうに声を漏らした。
少し苦しそうに顔を歪め、視線を下に向けた。
そして「私」は下を向いたまま込み上げる声を抑えるように笑いだした。
オレに刺された傷を抑えながらそう言った。
惨めに笑うソイツに反吐が出る。
潔く死んでくれないのか。
少しのいら立ちを心に抱えながら口を開いた。
オレのもう一つの人格が沢山の人を殺した事は、もちろん今でも受け入れられない。
それでも、受け入れなくてはいけないのだ。
そうしないと、渋谷連続殺人事件は終わらないから。
納得できない様子の「私」に、オレは語り始めた。
「私」は、その場に力なく座り込んだ。
出血もしていて力が入らないのだろう。
このまま死に絶えると思ったが、彼はギリッと歯を食いしばった。
悔しそうに何度も何度も地面に拳を振り下ろす。
「私」が叫ぶ度、拳を振り下ろす度、傷口から血がドバドバと流れ出る。
やがて辺り一面「私」の血で真っ赤に染まり、「私」はピクリとも動かなくなった。
寝起きのように頭がボヤボヤする。
キョロキョロと辺りを見回せば、先程までいた真っ暗な空間はどこにもなく、そこには女子高生の部屋があるだけだった。
息を吐き、顔をあげると、この部屋の主が心配そうにオレを見ていた。
安心感から一気に力が抜ける。
立ち上がろうと手に力を入れようとすると、まだわずかに手が震えていた。
この手でさっき人を殺したのだと思うと、やはり怖くなる。
それでも、もうオレは逃げない。
「天馬司」の罪はオレが償わなくてはいけないのだから。
状況が理解できていない一歌は、不安げにオレの顔を見ている。
そんな一歌を前に、独り言のようにボソリと呟いた。
その言葉を聞き、一歌は驚いた顔をしていた。
しかし、その表情はどこか安心している様にも見えた。
自分の気持ちを整理するついでに、オレは話し始めた。
一歌が息を飲んだのが伝わった。
きっと一歌も理解したのだろう。
オレが一歌に真犯人を尋ねに来た理由も。
ソイツが救いようのない悪だったという事も。
もう一度手に力を入れ、立ち上がった。
未だに震えている手をギュッと握りしめた。
息を軽く吸い込み、一歌に向かって言った。
部屋を出ようとドアノブを掴みかけた時、一歌が声をあげた。
振り返ると、一歌は少し寂しそうな表情で言った。
数日後、また今日もニュースが報道されていた。
しかし、今までのものとは少し違う。
「渋谷連続殺人事件の真犯人、逮捕か?」
突然神山高校に通う男子生徒の天馬司が自首をしたのだ。
彼は自ら凶器の隠し場所を吐き、すぐに警察に調査された。
百均の購入履歴を調べると、彼の証言通り一度に大量にナイフを購入した人物がいた。
そして、彼の自宅にあるナイフを調べると、被害者の血液の反応が見られた。
警察は現在も調査を続けているそうだ。
天馬司の面会に来ているのは、後輩である暁山瑞希。
瑞希も殺人を犯しているが、捕まっていない。
それは警察の捜査不足とも取れるが、完全犯罪だとも取れる。
何にせよ、今の瑞希に自白する気はないようだ。
そう言って瑞希は上を見上げる。
お店の前で嬉しそうに一歌と微笑むあの顔を思い出しながら。
椅子の背もたれにもたれながら瑞希はポツリと言葉を零した。
司はガラス越しに瑞希を見つめた。
彼は少し思案し、口を開いた。
そう言って瑞希は司との面会を終えた。
その後瑞希がどのような選択を取るかは、知る由もない。
天馬司が捕まってからは、渋谷連続殺人事件の新たな被害者は出ていない。
本当に彼は真犯人だったのだ。
もうこれ以上人が死ぬ事はない。
憎しみが飛び交う事はない。
こうして渋谷連続殺人事件は幕を閉じた。
渋谷連続殺人事件 ー完ー
終わり。
















編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。