夜のリビングは、やわらかな間接照明に包まれていた。雪の気配を帯びた隙間風が、かすかにカーテンを揺らしている。ソファに身を沈めた祥彰は、スマートフォンを片手にくつろいでいて、そんな穏やかな夜を切り裂くように、私は身を乗り出した。
ハッキリと放たれたその言葉に、祥彰はゆっくりと体を起こした。
私の勢いに圧されたのか、祥彰は少し身をのけ反らせていた。やや下がり気味の眉にもお構いなしに、私はそのまま距離を詰める。
思わず語尾が強くなる。
自分で問い詰めておきながら、胸の奥がすんと冷える。代わりに目頭は熱くなった。きゅっと口をつぐんで、祥彰の言葉を待った。
祥彰がスマホをテーブルに置き、私の手を取った。
そのまま祥彰の方に引き寄せられた。包み込まれた体からじんわりと熱が伝わって、乱れていた呼吸と気持ちが、少しずつ整っていくようだった。
その声は責めるでも、呆れるでもなく、ただ優しい。頭を撫でる手が心地よくて、固く閉ざしていた口も次第に緩んでいった。
ぽつりぽつりと話す。
昨日。友達と飲みに行った夜。
酔いの回ったテーブルで、恋人の愚痴や、些細な違和感が別れに変わった話を聞いた。小さな不満を飲み込み続けた末の、唐突な終わり。笑い話のように語られたそれが、なぜかずっと胸に残っている。
話を聞いている間も、頭を撫で続ける手。優しい眼差し。
徐々に小さくなっていた声は、言い終わるころには聞こえなくなっていた。
祥彰は少しだけ黙って、それから、私の額に自分の額を軽くぶつけた。
近い距離で、目が合った。
祥彰の八重歯がちらりと覗いた。
即答だった。考えるより先に、言葉が出ていた。
祥彰は笑ったけれど、その瞳の奥にほんのわずかな不安が揺れているのを、私は見逃さなかった。
強く抱き着けば、ふっと空気が緩んで、それから目が合った。それを合図に、私はゆっくりと目を閉じる。
近づく気配。
あと5cmで唇が重なる、その距離で。
祥彰の声が、小さく漏れた。
目を開けると、祥彰がばつの悪そうな顔をして、視線を逸らす。
せっかくいい雰囲気だったのに。
思わず頬を膨らませると、祥彰は小さく笑った。
ほんの少しの緊張。
間の抜けた声が、静かな部屋に落ちた。
頭が追いつかないまま問い返すと、祥彰は少しだけ照れたように笑った。
さらりと言うくせに、耳が赤い。
さっきまでの不安が、まったく別の感情に塗り替えられていく。
ずるい。
視界がにじむ。
自分がどんな顔をしているのかなんて、情けないほどわかりやすい。
祥彰の指がそっと私の頬に触れ、私は静かに目を閉じる。
まつ毛に落ちる影。頬にかかる吐息。
5cmの距離は静かに消えた。
⿻君と私のノクターン










編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。