第55話

君と私のノクターン -ymmt-
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2026/02/13 09:00 更新







夜のリビングは、やわらかな間接照明に包まれていた。雪の気配を帯びた隙間風が、かすかにカーテンを揺らしている。ソファに身を沈めた祥彰は、スマートフォンを片手にくつろいでいて、そんな穏やかな夜を切り裂くように、私は身を乗り出した。


あなた
ねぇ、私に直してほしいところある?
山本
え?



ハッキリと放たれたその言葉に、祥彰はゆっくりと体を起こした。



山本
……特には思いつかないけど
あなた
嘘!ひとつくらいあるでしょ
山本
いや、ないって



私の勢いに圧されたのか、祥彰は少し身をのけ反らせていた。やや下がり気味の眉にもお構いなしに、私はそのまま距離を詰める。


あなた
怒らないから言ってみて
山本
それ絶対怒るやつでしょ
あなた
怒らない!っていうか、やっぱり何かあるんじゃん!




思わず語尾が強くなる。

自分で問い詰めておきながら、胸の奥がすんと冷える。代わりに目頭は熱くなった。きゅっと口をつぐんで、祥彰の言葉を待った。



山本
ちょっとあなた、


祥彰がスマホをテーブルに置き、私の手を取った。

山本
一旦落ち着いて?


そのまま祥彰の方に引き寄せられた。包み込まれた体からじんわりと熱が伝わって、乱れていた呼吸と気持ちが、少しずつ整っていくようだった。





山本
何かあった?
あなた
……
山本
ほら、怒らないから言ってごらん?



その声は責めるでも、呆れるでもなく、ただ優しい。頭を撫でる手が心地よくて、固く閉ざしていた口も次第に緩んでいった。



あなた
……あのね、


ぽつりぽつりと話す。

昨日。友達と飲みに行った夜。

酔いの回ったテーブルで、恋人の愚痴や、些細な違和感が別れに変わった話を聞いた。小さな不満を飲み込み続けた末の、唐突な終わり。笑い話のように語られたそれが、なぜかずっと胸に残っている。



山本
……そっか、それで不安になっちゃったんだ?
あなた
……うん



話を聞いている間も、頭を撫で続ける手。優しい眼差し。


あなた
……祥彰も我慢してることあるのかなって、考えちゃって




徐々に小さくなっていた声は、言い終わるころには聞こえなくなっていた。


祥彰は少しだけ黙って、それから、私の額に自分の額を軽くぶつけた。



山本
不満なんてないよ?


近い距離で、目が合った。

山本
あなたの、こっちまで笑顔にしてくれる明るさも好きだし、ちょっと面倒くさいとこも全部好きだよ
あなた
……面倒くさいって言った
山本
褒めてるの


祥彰の八重歯がちらりと覗いた。

山本
逆にあなたは、僕に直してほしい所ある?
あなた
え!?ないよ!!


即答だった。考えるより先に、言葉が出ていた。


山本
よかった……。でも何かあったらちゃんと言ってね?それでケンカとか、ましてや別れ話になったら嫌だし



祥彰は笑ったけれど、その瞳の奥にほんのわずかな不安が揺れているのを、私は見逃さなかった。

あなた
私だって、別れるなんて絶対いや


強く抱き着けば、ふっと空気が緩んで、それから目が合った。それを合図に、私はゆっくりと目を閉じる。

近づく気配。

あと5cmで唇が重なる、その距離で。






山本
あ、






祥彰の声が、小さく漏れた。

目を開けると、祥彰がばつの悪そうな顔をして、視線を逸らす。




山本
直してほしいというか、変えてほしいことあった
あなた
……やっぱあるじゃん



せっかくいい雰囲気だったのに。

思わず頬を膨らませると、祥彰は小さく笑った。



山本
あのさ、
あなた
……うん、







ほんの少しの緊張。







山本
名字、変えない?





あなた
……へ





間の抜けた声が、静かな部屋に落ちた。




あなた
は、え、名字、変えるって……



頭が追いつかないまま問い返すと、祥彰は少しだけ照れたように笑った。


山本
僕のでもいいし、僕があなたのにしてもいいし、どっちでもいいんだけどさ
あなた
……
山本
ずっと一緒にいるなら、同じ名字がいいなって


さらりと言うくせに、耳が赤い。

さっきまでの不安が、まったく別の感情に塗り替えられていく。

あなた
直してほしいところじゃ……ないじゃんっ……
山本
うん。変えてほしい未来、かな




ずるい。

視界がにじむ。

自分がどんな顔をしているのかなんて、情けないほどわかりやすい。







祥彰の指がそっと私の頬に触れ、私は静かに目を閉じる。

まつ毛に落ちる影。頬にかかる吐息。

5cmの距離は静かに消えた。














⿻君と私のノクターン







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