カツン、とグラスの合わさる音が響く。
ゴクゴクと喉を鳴らしてビールを流し込むように飲み、ッハ〜!と幸せそうに声をもらす江口を眺める。
自分の江口への想いが糸を結ぶ結果になったのだと顔を真っ青にしていた梅原だったが、
どうせ切るなら今日くらいは好きな人に好きでいて貰ってみたいと開き直った。
要は魔が差したのである。
梅たやも食べなよと所謂「あーん」をしてくる江口。
あまりにも距離を詰めた行為に狼狽えた梅原だったが、開き直ったからか何かを吹っ切ったように口を開けて一口食べる。
普段だったらできないことだが、相手は飲んでいるし、明日からは二度と起こりえないことだという事実が梅原を動かす。
もしかしたら西山や他の後輩とは普通にしていることかもしれないと言い訳のように心で呟いた。
普段は見せない梅原の行動に少し驚き、行動を停止していた江口だったが、タガが外れたように距離を詰める。
それら全てに応えたわけではないが、普段より甘えて応える梅原。
恋人にも見られそうな言動は江口の「もうこんな時間だ」と終わりを仄めかす言葉が発せられるまで続いた。
通り道だから乗って行きなと誘われるがまま、2人でタクシーに乗り込む。
家の近くで下ろしてくれればいいという梅原の主張は無視され、家の前まで案内するようにと言われる。
家が近づくにつれ、街灯が少なめの暗い道を走るタクシー。
拳3つ分開けて隣に座る江口に心音が聞こえていないかと不安になる。
ご飯を食べる前に切ろう、ご飯を食べたら切ろう、お店を出たら切ろう、タクシーで切ろう、と後回しにしていた糸を切る作業が残されている。
震える手で糸をつまむ。
いつもより太くて頑丈なそれを切るのは大変そうだとどこか他人事のように考えた。
フロントガラスの奥の方で自分の家を認識した梅原は、ぐっと糸を持つ指に力を入れ、左右に引く。
ぶちり、
体の血管が切れたかのように胸の奥に激痛が走る。
…本当は、切りたくないのに。
弱気な自分を叩き出すように「家そこです」と大きめの声でタクシーを止める。
財布から適当にお金を取り、トレーの上に置く。
彼に向き直り、小さく頭を下げた時に見えたのは今切ったはずの赤い糸。
きちんと切ったはずなのに、ギュッと固結びで縛られていた。
不幸中の幸いか、思わず漏れた「なんで」の言葉は江口に拾われることはなく、代わりに優しい笑みを浮かべて梅原に手を振る江口の姿があった。
ここで断るのも不自然かと了承の言葉を並べるも、動揺してうまく声が紡げなかった。
フラフラとタクシーから降り、なんとか平静を装いながら江口の乗ったタクシーを見送る。
そして、先ほど切った糸に手をかけ__、
胸の痛みに思わず蹲ってしまったのは秘密だ。














編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。