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第2話

アテ
9
2024/04/20 14:45
「やめてください」
路地裏で声を聞いた。女の声だ。
続いて、複数の男の声がした。笑っている。
よる
…強姦魔かと思ってきてみたら
そには、男二人が、一人の男をタコ殴りにしている光景があった。一人の女が、それを止めようと、泣き叫んでいる。
…また上等な女が
よる
下賤っ!!
タコ殴りにしていた男の隣に立つ、いかにも不良らしい男がこちらを見るや否、依は相手の顎を蹴り上げた。
てめっ、何しやがる!!
もう一人の、タコ殴りにしていた方の男がこちらに飛び掛かる。
よる
お前が何してんだよ!!
その男には、顔面を壁に強く打ち付けておいた。
よる
…目には目を、歯には歯を
よる
やられたらやり返すべき
殴られていた男を抱え、泣き叫んでいた女の手を取り、依は路地裏から抜け出した。
た、助けていただきありがとうございます…!
よる
こちらの男の人は病院に連れて行ったほうがよさそうですね
よる
あなたは、怪我、してませんか?
大丈夫ですと、先ほどとは違った意味の涙を浮かべて、女はまた、礼を言った。
依。18歳の春。
見慣れた和風作りの門の前に立っていた。
あけ
おかえりなさい、お嬢
スーツを着た、眼帯の男が出迎えにきた。
彼は朱と言い、依が小さな頃からこの組にいる舎弟頭だった。
あけ
変な輩に絡まれたりはしてないかい?
よる
絡んできました
あけ
またこの子は…
他愛もないことを話しながら、奥の間に通される。
見慣れた空間だった。
薄明はくめい
おかえり、依
しばらくして、通路側の襖から、薄明が部屋に入ってきた。ここは組長部屋なのだ。
よる
ただいま、薄明さん
9歳の、浅ちゃんが死んだ夜、私と薄明さんは養子縁組を組んで親子となった。
つまり、組の一員になったのである。
薄明はくめい
お前の母親の死因、調べておいたぞ
よる
…!ありがとうございます
浅ちゃんが死んだ夜に、初めて自分の母親も死んでいるのだと言う事実を知った。
記憶が少なくとも、母親は母親。死因や名前を知る権利くらいあるだろう。
おそらく母親について書いてあるだろう書類を突きつけられたので、受け取る。
生まれて初めて知った母親の名前は、丑三世禾うしみつ よわといった。
断片的に残る記憶の中の、美しい顔のまま死んでいった、哀れな女。
よる
…死因は刺殺、ねえ
うっすらと呟くと、薄明は咥えたタバコに火をつけてから、話し始めた。
薄明はくめい
お前の母親は、誰かに刺されて死んだ可能性が異常に高い。とっくの昔にデカは捜査を中断しているが…
薄明はくめい
本当に、何も覚えていないのか?突然知らねえやつがカチコんできたとか…
よる
まったく、覚えてない。もともと母とは関係が薄かったし、ある日気がついたら死んでた、みたいな…
なるほどなぁ、と、間のびした返事と共に薄明は煙を吐き出した。
薄明はくめい
ツテに頼んで、死因やら個人情報やらを調べているときに聞いたんだが
薄明はくめい
お前の母親の腹に空いていた穴の形、つまり殺人のために使われていた刃物が
とん、と、左手に持っていたタバコを叩き、灰を落として薄明はこちらを見る。
薄明はくめい
浅の殺人に使われた刃物と、同じ形だったようだ
すこし、ひやりと全身が冷えた。これは期待か?
よる
つまり、母と浅ちゃんを殺したのは同一人物…?
薄明はくめい
かもしれないってだけだ
母と、浅ちゃんを殺した人物は同一かもしれない。
だが、可能性は40%ほど。いい手掛かりにはなりそうにない。
そんなことを一人で悶々と考えていると、薄明は再び口を開いた。
薄明はくめい
俺も組の仕事がある。お前の仇討ちの手がかりについて調べる時間も少ない
だから、と喋りながら薄明は灰皿にタバコの先端を押し付けた。
薄明はくめい
お前に、いいアテを紹介してやる
こいつだと、彼の言う「アテ」の情報が書かれた紙を突き出す。
依は、思わず息を呑んだ。

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