第2話

‐二結‐ 『揺れる帳面』
2
2026/02/23 06:12 更新
結灯処が姿を現すのは、決まって夕暮れだった。
昼間に同じ路地を通っても、そこには古びた壁と行き止まりしかない。
けれど橙色の空が夜に溶ける頃、灯籠の火がともる。
紬は、今日もその灯を見つけてしまった。
木戸を押すと、鈴が小さく鳴る。
紬
「おはようございます」
朔忌
朔忌
「おはようございます、紬さん」
朔忌はすでに店の中央に立っていた。
振袖姿の袖が、灯の明かりにやわらかく揺れている。
紬
「それ、やっぱり浮いてると思う」
朔忌
朔忌
「何がでしょうか…?」
紬
「服。完全に時代間違えてる」
朔忌はわずかに首を傾げた。
朔忌
朔忌
「そういうものです」
紬
「どういうもの?」
朔忌
朔忌
「時代は、案外あいまいですから」
意味のわからないことを、静かに言う。
紬は小さくため息をつき、掃除を始めた。
畳を掃く音と、紙の擦れる音が重なる。
朔忌が開いているのは、黒い帳面だった。
紬
「それ、依頼帳なんだよね」
朔忌
朔忌
「ええ」
紬
「何冊あるの?」
朔忌
朔忌
「数えたことはありません」
壁一面の本棚。
同じ背表紙の帳面が、整然と並んでいる。
紬は一冊に手を伸ばしかけて、止めた。
紬
「見たら怒る?」
朔忌
朔忌
「怒りはしません」
紬
「じゃあいいの?」
朔忌は少し考える素振りを見せる。
朔忌
朔忌
「――紬さんが知るのは、もう少し先がよろしいかと」
紬
「ずるい」
朔忌
朔忌
「仕事は、順番が大切ですから」
そのとき、灯籠の火がふっと揺れた。
店の空気が、わずかに重くなる。
朔忌の視線が、戸口へ向いた。
朔忌
朔忌
「……来ましたね」
鈴が鳴る。
軋む音とともに、戸が開く。
紬は思わず、朔忌の袖を掴んだ。
紬
「ねえ、本当に大丈夫なんだよね?」
赤い瞳が、静かに紬を見る。
朔忌
朔忌
「紬さん」
穏やかな声。
朔忌
朔忌
「私は、願いを結ぶだけです」
その声音には揺らぎがない。
けれど、灯は揺れている。
来訪者が、ゆっくりと足を踏み入れた。
紬はまだ知らない。
この帳面の一冊に、
いつか自分の名が記されるかもしれないことを。

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