指で画面をスクロールすると、色とりどりの写真が、下から上へと流れていく。
狗巻くんのパスタ、真希さんの後ろ姿。
カラオケで撮った、熱唱するパンダくんに、五条先生のオフショットまである。
乙骨の写真フォルダは、高専の思い出で溢れていた。
もう何ヶ月も、写真を眺めて寂しさを紛らわせていた。
だが、それもあと少しの辛抱だ。
乙骨はスマホの電源を切った。
暗くなった画面に映った、乙骨の顔。
淵と出会った時は、アンデッドのようだったその顔は、今や期待に満ち溢れていた。
淵と出会ったあの日、淵は自分のことを犯罪者だと言った。
渋谷で起きた、大型トラックを含む、計7台が巻き込まれた玉突き事故。
その原因は、1人の青年によって行われた、モデルガンの乱射だった。
死者こそ出なかったものの、スクランブル交差点という、渋谷の中心地で起きたそれは、大々的に報道された。
当然、犯人である淵の顔と名前も、テレビに映り、世間に知られることとなったのだ。
しかし、乙骨たちが調べたところ、そんなニュースは見つからなかった。
数ヶ月どころか、数年分の記事を遡っても、「淵素直」の名前は出てこなかった。
最初は虚言を疑ったものの、淵の様子を見る限り、そうではなさそうだ。
困った乙骨は、ミゲルと相談し、とりあえず五条に報告することにした。
すると、意外なことが分かったのだ。
つい数時間前に東京校に保護された、弟切飛という青年。
彼の境遇が、淵の話とよく似ているという。
白い光を見たことや、式神を連れていること、そして本人たちの存在が、最初からなかったかのようにされていること。
淵がここへ飛ばされたのも、数時間前のことだった。
時間帯まで一致しているとなれば、なんらかの関係性があるのは間違いない。
その後1日も経たずに、五条の報告を受けた上層部から、淵を日本へ送還するよう、命令が下った。
最近、上層部はピリピリしている。
十中八九、革新派との対立のせいだ。
イレギュラーの登場に、敏感になるのは当たり前と言えよう。
ただ、送還する上で問題だったのが、パスポートだった。
淵は突然こちらへ飛ばされてきたわけで、当然パスポートなんて持っていない。
こちらから取得しようにも、存在ごと抹消されているのであれば、戸籍もないだろう。
必然的に偽造パスポートを作ることになったのだが、アフリカには日本語を介せる人間は少ない。
ましてや、精密さが求められる、パスポートを作れるような人材は、より希少だ。
なんとか現地の職人を探し当て、完成品が納品された頃には、淵がアフリカへ来てから、約1ヶ月が経過していた。
淵の渡航には、乙骨とミゲルが付き添うことになった。
初めは、監視役に現地の術師と、通訳のガイドをつけるという話だった。
だが、乙骨が「自分が行く」と言い張ったのだ。
淵の式神は制御不能な上、淵自身も複数の精神疾患を抱えている。
そのため、見ず知らずの術師には任せられない。
自分たちなら信用できるし、淵も心を許している。
だから、自分とミゲルで日本まで送り届ける、と乙骨は主張した。
もちろん、それは本音ではなかった。
乙骨の目的は、真希たち同級生に会いに行くことだった。
数日、いや数時間でもいい。
高専に戻って、みんなと話がしたい。
真希さんに、狗巻くんに、パンダくん。
伏黒くんも強くなったと聞いたし、新しい一年生の子とも会ってみたかった。
譲らない乙骨に、五条は折れた。
「…まぁ、確かに憂太の言うことも一理あるよ。好きにしな、上には僕が説明しとくから。」
ただし、と五条は釘を刺すのを忘れなかった。
「これは休暇じゃない。憂太が日本にいられるのは、淵素直の引き渡しが済むまでだ。事案の引き継ぎが終わったら、すぐ出張にもどること。OK?」
その返答に、がっかりしなかった、と言えば嘘になる。
だが、それ以上にみんなと再会できることの方が嬉しかった。
淵を利用する形になったのは、申し訳ないと思っている。
でも、述べた建前が100%嘘かと言われたら、そうでもない。
淵のことが心配なのもまた、本心だった。
「あ゛あ゛っ!!」
不意に、後ろの席から叫び声が上がった。
続いて、バラバラッとトランプが床に散らばる音。
乙骨が振り返ると、リカがMr.クリーピーパスタに、トランプで負けたところだった。
「ま゛た負けたあ゛あ゛あ゛っ!!嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌ぁっ!!もう一回、も゛う一回ぃ!!次は絶対リカが勝つんだから゛ぁッ!!」
髪を振り乱し、金切り声で叫ぶリカを、パスタは冷めた目で見ている。
その様子はまるで、幼い娘の相手をしてやっている、寡黙な父親だ。
平日だからか、飛行機の狭い機内には、あまり乗客はいない。
たまたま空いていた乙骨たちの後ろの席に、2体は陣取っていた。
トランプをやろうと言い出したのは、確かミゲルだった。
アフリカから日本まで、長時間のフライト。
手持ち無沙汰は可哀想だからと、持っていたトランプを与えたのだ。
2体は意外にも気に入ったようで、貰ってからずっと、遊び続けている。
ルールはババ抜きだ。
今のところパスタの全勝で、リカはさっきので23回連敗となる。
勝利の理由は単純だ。
パスタが精神攻撃を使って、リカの手札を操っているからだ。
パスタはどうやら、主である淵よりも頭がいいらしい。
肝心の淵は、離席中だ。
ミゲルの肩を借りて、トイレに連れて行かれた。
多分、また嘔吐だろう。
元々乗り物酔いに弱い上、初めての飛行機で、三半規管がやられたらしい。
淵が今日だけで何回吐いたか、乙骨は覚えていなかった。
『Attention please. 当機はまもなく、羽田空港へ到着します。係員の指示に従って、今一度、シートベルトをお締めください。リクライニングシートは、元の位置にお戻しください。繰り返します、当機はまもなく…』
機内に鳴り響くアナウンスに、乙骨は我に返った。
窓の外を見ると、眼下には東京の街が広がっている。
いつの間にか、目的地に着いていたようだ。
向こうから近づいてくる足音は、淵とミゲルだろう。
乙骨はスマホをカバンにしまった。
そろそろ、高専では交流会が始まっているはずだ。
パスポート作りに手間取ったせいで、たまたま交流会当日に、帰国日が重なったのだ。
今から高専に行けば、乱入くらいはさせてもらえるだろう。
待ち遠しさを噛み締めながら、乙骨はシートベルトを締め直した。
これから何が起こるのか、この時の乙骨は、知る由もなかった。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。