第32話

#27 乙骨憂太-2
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2025/12/28 02:58 更新
指で画面をスクロールすると、色とりどりの写真が、下から上へと流れていく。

狗巻くんのパスタ、真希さんの後ろ姿。
カラオケで撮った、熱唱するパンダくんに、五条先生のオフショットまである。

乙骨の写真フォルダは、高専の思い出で溢れていた。

もう何ヶ月も、写真を眺めて寂しさを紛らわせていた。
だが、それもあと少しの辛抱だ。

乙骨はスマホの電源を切った。

暗くなった画面に映った、乙骨の顔。
淵と出会った時は、アンデッドのようだったその顔は、今や期待に満ち溢れていた。


淵と出会ったあの日、淵は自分のことを犯罪者だと言った。

渋谷で起きた、大型トラックを含む、計7台が巻き込まれた玉突き事故。
その原因は、1人の青年によって行われた、モデルガンの乱射だった。

死者こそ出なかったものの、スクランブル交差点という、渋谷の中心地で起きたそれは、大々的に報道された。
当然、犯人である淵の顔と名前も、テレビに映り、世間に知られることとなったのだ。

しかし、乙骨たちが調べたところ、そんなニュースは見つからなかった。
数ヶ月どころか、数年分の記事を遡っても、「淵素直」の名前は出てこなかった。

最初は虚言を疑ったものの、淵の様子を見る限り、そうではなさそうだ。

困った乙骨は、ミゲルと相談し、とりあえず五条に報告することにした。
すると、意外なことが分かったのだ。

つい数時間前に東京校に保護された、弟切飛という青年。
彼の境遇が、淵の話とよく似ているという。

白い光を見たことや、式神を連れていること、そして本人たちの存在が、最初からなかったかのようにされていること。
淵がここへ飛ばされたのも、数時間前のことだった。
時間帯まで一致しているとなれば、なんらかの関係性があるのは間違いない。

その後1日も経たずに、五条の報告を受けた上層部から、淵を日本へ送還するよう、命令が下った。

最近、上層部はピリピリしている。
十中八九、革新派との対立のせいだ。
イレギュラーの登場に、敏感になるのは当たり前と言えよう。

ただ、送還する上で問題だったのが、パスポートだった。
淵は突然こちらへ飛ばされてきたわけで、当然パスポートなんて持っていない。
こちらから取得しようにも、存在ごと抹消されているのであれば、戸籍もないだろう。

必然的に偽造パスポートを作ることになったのだが、アフリカには日本語を介せる人間は少ない。
ましてや、精密さが求められる、パスポートを作れるような人材は、より希少だ。
なんとか現地の職人を探し当て、完成品が納品された頃には、淵がアフリカへ来てから、約1ヶ月が経過していた。

淵の渡航には、乙骨とミゲルが付き添うことになった。
初めは、監視役に現地の術師と、通訳のガイドをつけるという話だった。
だが、乙骨が「自分が行く」と言い張ったのだ。

淵の式神は制御不能な上、淵自身も複数の精神疾患を抱えている。
そのため、見ず知らずの術師には任せられない。
自分たちなら信用できるし、淵も心を許している。
だから、自分とミゲルで日本まで送り届ける、と乙骨は主張した。

もちろん、それは本音ではなかった。
乙骨の目的は、真希たち同級生に会いに行くことだった。

数日、いや数時間でもいい。
高専に戻って、みんなと話がしたい。
真希さんに、狗巻くんに、パンダくん。
伏黒くんも強くなったと聞いたし、新しい一年生の子とも会ってみたかった。

譲らない乙骨に、五条は折れた。

「…まぁ、確かに憂太の言うことも一理あるよ。好きにしな、上には僕が説明しとくから。」

ただし、と五条は釘を刺すのを忘れなかった。

「これは休暇じゃない。憂太が日本にいられるのは、淵素直の引き渡しが済むまでだ。事案の引き継ぎが終わったら、すぐ出張にもどること。OK?」

その返答に、がっかりしなかった、と言えば嘘になる。
だが、それ以上にみんなと再会できることの方が嬉しかった。

淵を利用する形になったのは、申し訳ないと思っている。
でも、述べた建前が100%嘘かと言われたら、そうでもない。
淵のことが心配なのもまた、本心だった。

「あ゛あ゛っ!!」

不意に、後ろの席から叫び声が上がった。
続いて、バラバラッとトランプが床に散らばる音。

乙骨が振り返ると、リカがMr.クリーピーパスタに、トランプで負けたところだった。

「ま゛た負けたあ゛あ゛あ゛っ!!嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌ぁっ!!もう一回、も゛う一回ぃ!!次は絶対リカが勝つんだから゛ぁッ!!」

髪を振り乱し、金切り声で叫ぶリカを、パスタは冷めた目で見ている。
その様子はまるで、幼い娘の相手をしてやっている、寡黙な父親だ。

平日だからか、飛行機の狭い機内には、あまり乗客はいない。
たまたま空いていた乙骨たちの後ろの席に、2体は陣取っていた。

トランプをやろうと言い出したのは、確かミゲルだった。
アフリカから日本まで、長時間のフライト。
手持ち無沙汰は可哀想だからと、持っていたトランプを与えたのだ。
2体は意外にも気に入ったようで、貰ってからずっと、遊び続けている。

ルールはババ抜きだ。
今のところパスタの全勝で、リカはさっきので23回連敗となる。
勝利の理由は単純だ。
パスタが精神攻撃を使って、リカの手札を操っているからだ。
パスタはどうやら、主である淵よりも頭がいいらしい。

肝心の淵は、離席中だ。
ミゲルの肩を借りて、トイレに連れて行かれた。
多分、また嘔吐だろう。
元々乗り物酔いに弱い上、初めての飛行機で、三半規管がやられたらしい。
淵が今日だけで何回吐いたか、乙骨は覚えていなかった。

『Attention please. 当機はまもなく、羽田空港へ到着します。係員の指示に従って、今一度、シートベルトをお締めください。リクライニングシートは、元の位置にお戻しください。繰り返します、当機はまもなく…』

機内に鳴り響くアナウンスに、乙骨は我に返った。
窓の外を見ると、眼下には東京の街が広がっている。 
いつの間にか、目的地に着いていたようだ。

向こうから近づいてくる足音は、淵とミゲルだろう。
乙骨はスマホをカバンにしまった。

そろそろ、高専では交流会が始まっているはずだ。
パスポート作りに手間取ったせいで、たまたま交流会当日に、帰国日が重なったのだ。
今から高専に行けば、乱入くらいはさせてもらえるだろう。

待ち遠しさを噛み締めながら、乙骨はシートベルトを締め直した。
これから何が起こるのか、この時の乙骨は、知る由もなかった。

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