それから、少しずつ会う回数が増えていった。
約束はしない。
時間も決めない。
ただ、行けば、いるかもしれない場所に、
互いに、何となく足を向ける。
購買。
中庭。
一階の自販機の前。
最初は偶然。
そのうち、習慣。
「こんにちは」
あなたは、そう言って笑う。
俺の名前は、呼ばない。
呼べない。
それで、よかった。
俺たちは、知らない人同士だった。
それなのに。
天気の話をして、
検査が痛かった話をして
売店のパンの新作を半分こにして。
あなたは、俺の前では、よく話した。
たぶん、「過去」を持ち込まなくていい相手だから。
それが、
少し、嬉しくて。
少し、痛かった。
「今日のリハビリ、歩きすぎちゃって」
そう言いながら、
あなたは、少しだけ足を引きずる。
俺は、何も言わない。
「大丈夫ですか」も、
「無理しないで」も。
それは、知ってる人の言葉だから。
代わりに、自販機で買った水を差し出す。
「……ありがとう」
受け取る時、指が、ほんの一瞬触れる。
あなたは、気づかない。
でも、身体は、少しだけ反応する。
中庭の桜は、満開を過ぎて、散り始めていた。
ベンチに並んで座って、花びらが落ちるのを見ている。
「……桜って、すぐ散りますよね」
あなたが言う。
「きれいなのに」
「だから、いいんじゃない」
俺が言うと、彼女は、少し考えてから笑った。
「そうですね」
そのやり取りだけで、
一日分の気持ちが満たされる。
ある日、あなたが、ふと真面目な顔をした。
「……不思議なんです」
俺を見る。
「あなたといると、忘れてることを、忘れられる」
言葉の意味を、
すぐに理解できなかった。
「怖くないんです」
続けて。
「思い出せなくても」
胸が、ぎゅっと締めつけられる。
それは――俺が、願ったこと。
「……それなら、よかった」
精一杯、穏やかに言う。
あなたは、安心したみたいに、少しだけ肩の力を抜いた。
「はい」
それから、何でもない声で。
「また、会えますよね」
もう、疑問じゃなかった。
俺は、うなずく。
「……うん」
主語も、理由も、全部、要らなかった。
帰り道、
病院の自動ドアが閉まる音を聞きながら、胸の中で、繰り返す。
知らない人でいい。
名前がなくてもいい。
あなたが笑ってくれるなら。
俺が、誰かじゃなくても。
あなたと、一緒にいられるなら。












編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。