第59話

新しい春の約束
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2026/02/19 02:37 更新



また、購買だった。



偶然を装うには、少し回数が多すぎる。
それでも俺は、同じ時間、同じ席に座ってしまう。



今日は、何も買わなかった。
コーヒーも、パンも。



ただ、そこにいた。



「……あ」



声がして、顔を上げる。



あなただった。



前と同じ病衣。
前と同じ、少し遠慮がちな立ち方。



「また、会いましたね」



そう言って、ほんの少しだけ笑う。



――覚えてる。



俺の顔を、じゃない。
“ここで会った誰か”として。



「……そうだね」



それだけで、
今日がいい日だと分かってしまうのが、悔しかった。



並んで、購買を出る。



会話は、ぽつぽつ。



天気のこと。
検査が長かったこと。



内容は、なんでもよかった。
あなたが、ふと足を止める。



「……あの」



中庭の方を見ていた。
ガラス越しに見える、一本の桜の木。



満開には、少し早い。



「行ってみませんか」



誘われた理由は、分からない。
でも、断る理由もなかった。



中庭は、病院の中とは思えないほど静かだった。



風が、少し冷たい。
桜の枝が、揺れる。



あなたは、木の下まで行って、
しばらく何も言わずに見上げていた。



「……不思議なんです」



その声は、風に混ざって、少し震えていた。



「ここを見ると」



一度、言葉を探すみたいに、間を置いて。



「誰かと、約束したことがある気がするんです」



胸が、強く鳴った。



――やめてくれ。



そう思ったのに、止められなかった。



「一緒に、桜を見ようって」



あなたは、笑った。
困ったみたいな、でも、どこか懐かしそうな笑顔。



「誰とだったかは、分からないんですけど」



視線は、桜のまま。



「でも……大事な約束だった気がして」



喉の奥が、痛くなる。



それは。
それは…。



俺との約束だ。



入院するの少し前。
校門の前で。



「来年も、一緒に見ような」って、何気なく言った。
その時の桜と、今のこの桜が、重なる。



「……いい約束ですね」



やっと、それだけ言えた。
あなたは、うなずいた。



「はい」



それから、少し間を置いて。



「だから」



桜から目を離して、俺の方を見る。



「今年は、その約束を――」



言いかけて、止まる。



「あ……ごめんなさい」



慌てて首を振る。



「変ですよね。知らない人に、こんな話」



知らない人。
その言葉が、もう、前ほど痛くなかった。



「……変じゃないよ」



俺は、桜を見る。
名前も、過去も、全部置いてきた場所。



「約束って、覚えてなくても残ることあるから」



あなたは、少し驚いた顔をして、
それから、柔らかく笑った。



「そう、ですね」



風が吹いて、
花びらが、ひとひら落ちた。



あなたの肩に、触れる。
俺は、反射的に手を伸ばしそうになって、途中で止めた。



代わりに、言葉を選ぶ。



「……来年も、見られるといいですね」



主語を、消して。



あなたは、桜を見上げたまま、答える。



「はい」



その横顔が、あまりにも穏やかで。



――思い出さなくてもいい。



そう、思えた。
中庭を出る前、あなたがぽつりと言った。



「また……会えますか」



購買、とは言わなかった。
俺は、少しだけ間を置いて、うなずく。



「……たぶん」



約束には、しなかった。



それでも。
桜の下で交わしたその言葉は、確かに、約束の形をしていた。



「じゃあ…来年は私とキミで桜を見ましょう、!!」



「新しい春の約束です。」



そうやってキミは、また俺と約束をした。


同じはずの、約束を。




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