また、購買だった。
偶然を装うには、少し回数が多すぎる。
それでも俺は、同じ時間、同じ席に座ってしまう。
今日は、何も買わなかった。
コーヒーも、パンも。
ただ、そこにいた。
「……あ」
声がして、顔を上げる。
あなただった。
前と同じ病衣。
前と同じ、少し遠慮がちな立ち方。
「また、会いましたね」
そう言って、ほんの少しだけ笑う。
――覚えてる。
俺の顔を、じゃない。
“ここで会った誰か”として。
「……そうだね」
それだけで、
今日がいい日だと分かってしまうのが、悔しかった。
並んで、購買を出る。
会話は、ぽつぽつ。
天気のこと。
検査が長かったこと。
内容は、なんでもよかった。
あなたが、ふと足を止める。
「……あの」
中庭の方を見ていた。
ガラス越しに見える、一本の桜の木。
満開には、少し早い。
「行ってみませんか」
誘われた理由は、分からない。
でも、断る理由もなかった。
中庭は、病院の中とは思えないほど静かだった。
風が、少し冷たい。
桜の枝が、揺れる。
あなたは、木の下まで行って、
しばらく何も言わずに見上げていた。
「……不思議なんです」
その声は、風に混ざって、少し震えていた。
「ここを見ると」
一度、言葉を探すみたいに、間を置いて。
「誰かと、約束したことがある気がするんです」
胸が、強く鳴った。
――やめてくれ。
そう思ったのに、止められなかった。
「一緒に、桜を見ようって」
あなたは、笑った。
困ったみたいな、でも、どこか懐かしそうな笑顔。
「誰とだったかは、分からないんですけど」
視線は、桜のまま。
「でも……大事な約束だった気がして」
喉の奥が、痛くなる。
それは。
それは…。
俺との約束だ。
入院するの少し前。
校門の前で。
「来年も、一緒に見ような」って、何気なく言った。
その時の桜と、今のこの桜が、重なる。
「……いい約束ですね」
やっと、それだけ言えた。
あなたは、うなずいた。
「はい」
それから、少し間を置いて。
「だから」
桜から目を離して、俺の方を見る。
「今年は、その約束を――」
言いかけて、止まる。
「あ……ごめんなさい」
慌てて首を振る。
「変ですよね。知らない人に、こんな話」
知らない人。
その言葉が、もう、前ほど痛くなかった。
「……変じゃないよ」
俺は、桜を見る。
名前も、過去も、全部置いてきた場所。
「約束って、覚えてなくても残ることあるから」
あなたは、少し驚いた顔をして、
それから、柔らかく笑った。
「そう、ですね」
風が吹いて、
花びらが、ひとひら落ちた。
あなたの肩に、触れる。
俺は、反射的に手を伸ばしそうになって、途中で止めた。
代わりに、言葉を選ぶ。
「……来年も、見られるといいですね」
主語を、消して。
あなたは、桜を見上げたまま、答える。
「はい」
その横顔が、あまりにも穏やかで。
――思い出さなくてもいい。
そう、思えた。
中庭を出る前、あなたがぽつりと言った。
「また……会えますか」
購買、とは言わなかった。
俺は、少しだけ間を置いて、うなずく。
「……たぶん」
約束には、しなかった。
それでも。
桜の下で交わしたその言葉は、確かに、約束の形をしていた。
「じゃあ…来年は私とキミで桜を見ましょう、!!」
「新しい春の約束です。」
そうやってキミは、また俺と約束をした。
同じはずの、約束を。












編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。