「ハイじゃあどうぞ、先にご帰還した乱歩さんのほうから!」
楽しそうな表情でルパンが手を叩く。
知り合ってから数時間ほどしか経っていなくとも、この男の笑いどころや人格がどのようなものであるか小栗には少なからず検討がついていた。
探偵という言葉に目を輝かせるのも、付随する表情も記憶に馴染みがある。
何より、何か勘ぐるようでいて無邪気な笑った顔が、親友によく似ている。
「もうあの本の中で言ったんだからいいでしょ、わかんないの、自己犠牲だって言ってるじゃん」
投げやりに江戸川が言い捨てる。
ルパンは相も変わらずにこにこにやにやしながらすすすと江戸川に擦り寄った。
「いえいえいえいえ、そちらの小栗さんは分かっていらっしゃらないようですよ」
それに、と続けられた言葉に江戸川が視線を上げた。
「このまま説明を取られるのも嫌でしょう」
ルパンが視線をやった先にはドイルとポオが並んでいる。
果たしてどちらを指して言っているのやら。
「……わかったよ」
頬を軽く膨らせた江戸川が立ち上がった。
「早く次の本に行きたいから、手短かに頼む」
ドイルが仏頂面のまま告げた。
その言葉にうげえ、という表情をつくった江戸川だったが、その言葉に突っかかるほど幼いわけではない。
ため息をついて、視線を部屋にいるほか四人に向ける。
「まず第一に、殺害方法は単純な毒殺だ。無味無臭の劇薬。そこの虫太郎君のお友達によれば、化学的な話題を殺人において利用するのは不公平だそうだから、薬品名は伏せるよ」
つらつらと江戸川の口から言葉が流れる。
後半の言葉に小栗はわかりやすく眉をはね上げ、ポオとルパンは深く頷き、ドイルは首を傾げた。
「如何にして劇薬を混入したか。それも簡単。記憶によれば、遺体の近くには水の入った一椀があった。きちんとした科学捜査ができなくて内容物を調べられなかったけど、きっとそこに入ってたのさ」
江戸川が一同を見回した。
そこに小栗が手を挙げる。
「肝心の動機はなんなんだ? そうまでして殺す理由は」
「そう、そこが問題」
よくぞ聞いてくれましたとばかりに江戸川は語る。
「思うに、ポオ君の作中の"宮沢賢治"は自己犠牲の信奉者だ」
「信奉者?」
「うん。あくまでただの憶測だ。本当に」
前置いて江戸川が言う。
「話半分で聞いて。"宮沢"の話によると、被害者、つまり彼の妹が肺の病を患ったのは六か月前だ」
「そうだな」
小栗が頷く。
ほか一同も同じく。
「そして"新見"によれば、六ヶ月前、"宮沢"とその妹は連れ立って雪山に行っていた。照らし合わせると」
「被害者である妹は、そこで肺炎を患ったってことか!」
小栗が興奮したように結論を叫んだ。
「そういうこと。"宮沢"が旅行に誘ったとか、彼を庇ったとか、その経緯が何であれ、きっと妹の肺炎に、彼は罪悪感を抱いていた。けれど、妹がそのことで"宮沢"を責めたことはなかったんじゃないかな」
だからこそ、と江戸川が続ける。
「その妹からの『思い遣り』が彼のことを蝕んだ」
その言葉を聞いて、何かを既に分かっているらしい小栗以外の皆々は口を結んだ。
唯一小栗だけが、至った理解に結論を述べる。
「そうか、その思い遣りとやらが有り体に言えば"宮沢"には自己犠牲の一種に見えたのか。そして、自己犠牲の対象に自分がなってしまったことを受け入れられずに……」
「作中の彼は、所詮は傲慢な偽善者だったってこと」
江戸川が締めくくった。
「でも!」
慌てたように付け加える。
「現実の彼と"宮沢"は全くの別物だ。混同しちゃだめだ」
そう呟く江戸川の顔が少し翳ってみえ、小栗は声をかけるべきか逡巡した。
けれどもすぐに顔を上げた江戸川はいつも通りで、差し伸べかけた手を戻す。
その様子を一対の眼が見ていた。
半年以上もお待たせしてしまったことについて、
楽しみにしてくださっていた方、ありがとうございます。コメントなど励みになります。
見切り発車で始めてしまった雨ニモマケズ編が、うまい論理的な解決にならず、申し訳ありません。
第二章以降はもう少し読みやすくする予定ですので、これからもお楽しみいただけると幸いです。
( 出てくる予定の作品 『汚れつちまつた悲しみに』
『人間失格』
『そして誰もいなくなった』
『羅生門』
『君死給勿』 その他











編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!