第32話

クロロ×籠の鳥
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2025/09/15 13:11 更新





あなたside











「あなた、そろそろ起きないと寝過ごすぞ」





低く、よく通る声が私の眠りを引き裂いた。

嫌でも覚えてしまったその声が近づいてくるのが、毛布越しでもわかる。すぐ隣にあるベッドのスプリングがぎし、と重たく軋んだ。


隅で毛布を被り縮こまる私の背に男の手が触れる。

その体温がじわりじわりと体の中にまで浸食していくかのような妄想に駆られ、私はゆっくりと体を起こす。





「おはよう。あなた」





振り向いた先、黒く深い髪が揺れる。

目が合った瞬間、息が詰まりそうになった。


クロロ。
私をこの部屋に閉じ込めている、憎い男。

人の良さそうな笑顔を貼り付けながら、空いている方の手がまたこちらへ伸びて来た。





『いやっ』




咄嗟に体を引くと、彼の指先が空中で止まった。

手入れの行き届いた短い爪が、不自然に清潔感を漂わせているのが気持ち悪い。


私は荒く息を吐きながら、その黒い瞳を睨みつけた。





『……汚い手で私に触らないで』



「酷い言いようだな、笑」




クロロは手を引っ込めながら口元だけ笑っている。
目は一切緩まず、決して私から逸らさない。

なのに、彼は優しげな声音で言う。






「お腹が空いただろう?食事を持ってきた」





吐き気がした。

何故この男が用意した食事を口にしなければいけないのだろうか。

そんなもの食べるくらいなら餓死したほうがマシだ。
私は即座に言った。




『いらない』




ため息をつかれるのが分かっていても、それ以上の拒絶を込めた声で。男の口から出た空気を吸い込みたくなくて毛布を頭から被る。





『早く出て行ってよ』





時間の感覚など、とうに失われていた。

この部屋には窓も時計もない。昼か夜かも分からない。だが、クロロが来るのはいつも深夜か早朝。今もきっと、夜のはずだった。





「一昨日から何も食べていないのだから少しは食べてくれ。お前が体調を崩さないか心配なんだ。」




望むことなら何でも叶えてやるから。と、この男はいつだってそう言う。まるで本気で私のことを心配しているかのように。





『なら、私をここから出して』



「それは無理だな」





その言葉が落ちた瞬間、スプリングを軋ませながら近づくクロロに私は思わず身を強張らせる。


もっと後ろに下がりたいのに、離れたいのに、逃げ場を求めて身体を引いた先にはもう壁しかなかった。





「お前は俺のモノなんだから、いい加減諦めろ」





最後の砦のようにしがみついていた毛布ごと、両手首を掴まれる。壁に押し付けられ、支えを失った布が静かに私の身体から滑り落ちる。



気づけば、私はこの部屋に閉じ込められて1ヶ月が経とうとしていた。

仕事帰りの普通の帰路で、突然背後から手刀を受け、気を失い_______そして、目覚めたらここにいた。あの日の暗転は今でも鮮やかだ。





『そんなことになるなら死んだほうがマシよ!』





見降ろされながらも顔を上げて睨みつければクロロが顔を近づけて来た。冷たい息が頬をなぞり、おぞましい手が丁寧に私の頬を撫でる。




「そんな事言わないでくれ。あなた、お前がいなくなかったら俺はもう駄目なんだ。」




その囁きは、もし別の状況だったならきっと胸を熱くさせるだろう。だけど今の私には、そんな言葉など到底受け入れられない。

かつて私を殴り、気絶させてこの部屋まで攫った男が私の顔を覗き込む。


恐怖と嫌悪でぐちゃぐちゃな頭では考えることなんて出来るはずもなく、口を開けば嗚咽を漏らしてしまいそうな私は緩慢な動作で首を振った。




『殺してっ、!私を殺して……っ!』




押し殺すことのできない感情が膨れ上がり、涙が勝手に頬を伝う。こんな顔、この男になど見られたくはないのに。どうしても制御することが出来なかった。


平凡で、何の変哲もない日常がどれだけ愛おしかったか

今になってようやく分かる。

どれほど上質なものに囲まれようとも、それが望んだものでなく自由を奪う鎖なら意味はない。私の心はまるで鳥籠の中の鳥のように縮こまり、羽ばたくことを忘れていた。



そんな私を見下ろすクロロは、眉をふわりと下げる。

まるで幼い子どもをあやすかのような口調で、湿った瞳からこぼれる雫を指先でそっと拭った。




「ほら、そんなに泣くな」



『嫌い、大嫌い』




私を閉じ込めた貴方が憎い。
絶対に許さない。




「それでも、俺はお前を愛してるよ。」




今日も、彼は同じ呪文のような言葉を囁く。

愛という名の鎖に閉ざされた私に、その言葉はただ黒い影を落とすだけだった。




























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