ゾルディック家の屋敷に吹く風はいつもひんやりと
冷たい。
静寂と冷気の中、俺は廊下を歩く
今日は、あなた姉さんの部屋に行こうと思った。
ただ、それだけの理由だった。
後継者として名を上げる姉さん______
感情豊かで、優しくて、完璧で。
誰よりも期待されている存在。
けど俺は知っている
姉さんは独りでいるときだけ、少し違う表情をすることを。
扉の隙間から部屋の中を覗く
姉さんはベッドの端に腰掛け、白く柔らかい手を握り締めながらじっと深刻そうに何かを考え込んでいた
綺麗な顔が歪んでしまうと心配になるほど、眉間に皺を寄せている。
「姉さん」
そう声をかけると、姉さんはわずかに顔を上げた。
『……おいで、イルミ』
姉さんはいつものやわらかな声で俺を呼ぶ。
俺は促されるまま静かに姉さんのそばに歩み寄る
『イルミ』
「なに?姉さん」
『イルミは人を殺すの、楽しい?』
唐突だった。俺は思わず瞬きをひとつする。
楽しいかと聞かれても、よくわからない。
考えたこともない。
「別に。楽しいっていうか……仕事だし」
家のためだし当然のこと。
それが、俺の正直な答えだった。
それを聞いた姉さんは小さく笑った。
しかしその笑顔はいつか壊れてしまいそうなほど儚い
『……そうだよね』
そう言って顔を手で覆ったと思えば、
『私、もう________っ、限界かも、』
姉さんはそう呟いた
いつの間にか、指の隙間からぽろぽろと涙がこぼれて
いる
それは俺には理解できない感情だった。
姉さんは強くて、冷静で、誰よりも完璧だったはずだ。
けど今、俺の目の前で壊れそうに泣いている。
(針……)
俺は無意識に手を伸ばしていた。
姉さんの頭に針を刺せば、苦しみや迷いを消してあげられる。
泣かないようにしてあげられる。
もっと強く、もっと完璧に_____
でも。
『イルミ、やめて』
姉さんの声は震えていた。
涙を隠すように顔を伏せて、静かに必死にそう言った。
『……だめ』
その言葉に、俺ほんの一瞬だけ迷った。
でも、すぐに答えを出した。
「……ごめん、姉さん。でも、泣いてる姉さんを見てる
と、こんなのおかしいって思うんだ」
俺は静かに、針を一本、指の間に挟む
「姉さんは強くて、完璧で、優秀な暗殺者。
そうあるべきなんだ。
泣くのも、迷うのも、もう終わりにした方がいい。
楽になれるよ」
姉さんが顔を上げた。
涙で濡れた瞳が俺を見つめている
拒絶、哀しみ、恐れ____
色々な感情が映し出されている
『お願い、イルミ……
私は、_____わたしのままでいたいの』
その言葉が、俺の胸に小さく突き刺さる
それでも、俺は手を止めなかった。
「……無理だよ。そんな姉さん、壊れちゃう」
だから_____
「俺が、守ってあげる」
次の瞬間、針をスッと姉のさん頭に差し込む
一瞬、身体がびくんと震えた。目を見開いたまま、息を飲むような音が漏れる。
『…………っ、あ……』
俺はその顔を穏やかに見つめる
「大丈夫。もう迷わない。泣かない。苦しまない。
完璧な姉さんになれるようにちゃんとしてあげる
から」
数秒の沈黙のあと、姉さんはふっと笑った。
それはどこまでも整っていて、どこまでも不自然な笑みだった。
『ありがとう、イルミ』
その声は、震えていなかった。
涙も、戸惑いも、もうなかった。
でも、それはもう“姉さん”の声ではなかった。
『……イルミのためなら何でもする。イルミが望む姉
でいるよ』
その言葉に、俺は思わず満足気になる
「うん。姉さんはやっぱりその方が綺麗だ」
姉さんは微笑んだままベッドに座り直した。
背筋を伸ばして、涙を流すこともなく、ただそこに
“理想”として存在していた。
俺は姉さんの隣に腰を下ろし、そっとその背中に手を添えた。
慰める必要はなかった
もう泣かないのだから。
「これでいい。これが、一番いい」
静かな部屋に針の音だけが微かに響く。
壊れた姉さんは間違いなく完璧だった。













編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!