第3話

2週目ー②
49
2025/12/14 10:01 更新


「フロイド。僕は解呪をしますが……貴方はその間どうするんですか?」
「んー、図書館“地下”行く。闇の鏡のとこ」

アズールは日記を抱えたまま大きく息を吐いた。

「……危険を感じたらすぐ戻ってきなさい。
この日記……思った以上に厄介です。
単独で仕掛けられた術じゃない」

「へぇ。じゃあ解呪、頑張ってね〜。
アズールは頭いいし、すぐでしょ?」

「あなたがこんなときだけ頼るのは本当に腹が立ちますね」

毒を吐きながらも、アズールの手は既に日記の術式を分解し始めていた。

フロイドは軽く手を振り、オンボロ寮を後にした。























学園の図書館は夜も静まり返っていた。
誰もいないはずの館内で、フロイドの足音だけが響く。

夜間は立入り禁止の最深部。
分厚い鉄扉の前には魔法陣が淡く光る。

「オレ、今は1年生なんだけどね〜。
ま、いっか」

軽い口調のわりに、フロイドの目は真剣だった。

指先で魔法陣をなぞると、彼の魔力を識別した扉がゆっくり音を立てて開く。

暗闇の奥に、巨大な鏡がひとつ。

重々しい装飾が施されたフレーム。
鏡面にはまるで霧のような黒が漂い、その奥に誰かがこちらを見ている気配。

──“闇の鏡”。

入学式で生徒の宿命を告げる鏡。
記憶を蓄え、千の魂の声を聞く鏡。

フロイドは鏡の前まで歩み寄った。

「ねぇ、おっきい鏡クン。
ちょーっと聞きたいことあんだけど?」

静寂。
数秒後、鏡面がぐらりと波打つ。



『……フロイド・リーチ。
その身に“二度目の時間”の匂いがする』

「おー、やっぱバレちゃう?
オレ、さっきもこの時間、経験してんの」

『通常の学園生活ではありえぬ歪み。
お前の魂は“記録と現実の差異”を抱えている』

フロイドは鏡を見上げる。

「じゃ、質問。
今年の入学式……監督生って来たよね?
あのニホンの男の子」

『来た』

「じゃ、去年。
……去年も、ニホンから一人来てるはずなんだけど?」

鏡は沈黙する。
その沈黙は“答えられない”のではなく、“答えが存在しない”ものを示しているようだった。

『記録にない』

「記録に“消された”だけじゃないの?
小エビちゃん、絶対いたんだよ」

鏡面が揺れる。

『“存在が抜け落ちた者”……時に、魔力的事故や禁術で発生する』

『残された記録は、断片、影、あるいは……“あなたのように記憶を保持した者”』

「保持したって言ってもさぁ〜、オレも少しずつ忘れてる気がするんだよね」

フロイドの笑顔は少しだけ乾いていた。

『……その名を言ってみよ』

フロイドは目を閉じた。

「ユウ」

鏡の奥が揺れた。

『“ユウ”……確かに、一瞬……記録が、揺らいだ』

「ほらね。やっぱ、なんかある」

『彼女は“何度も消されている”。
魂は存在しながら、記録だけが消失する。
まるで──誰かが意図的に“巻き戻し”を……』

フロイドが息をのむ。

「小エビちゃんが……“時間を戻した”って言ってた。
誰かを助けるために」

鏡は低く唸るように声を響かせた。

『その代償で、彼女の“存在の記録”が削れた可能性がある』

『普通なら、完全に消える。
だが──』

フロイドが鏡を見据える。

『あなたは彼女の“アンカー”となっている』

「アンカー?」

『彼女が唯一、記憶を託せる相手。
あなたの魂が、彼女の存在を結びつけている』

フロイドは、言葉を失った。

「……オレが……小エビちゃんを覚えてる理由?」

『そう。そして──』

鏡が深く、重く告げる。

『お前が忘れれば、彼女は完全に消える』

フロイドの胸が音を立てて冷えた。
「…、どういうことだよ」

闇の鏡は、それ以上何も話してくれなかった。
フロイドがどれだけ問い詰めても、鏡は沈黙し、霧のような黒がゆらりと揺れるだけ。

「……チッ。役立たず」

舌打ちして背を向ける。
鏡面がわずかに震えたが、フロイドはもう気にしない。

禁書エリアの本棚を片っ端から見て回るが──何もなかった。
時間魔術に関する記述は全て黒塗りか、ページそのものが削除されている。

「だぁ〜あ、つまんなーい。
なんも収穫なーし。帰ろ〜っと」

重い鉄扉に近づこうとした瞬間──。

背後から、小さく震えた声が聞こえた。

「ヒッ……なんでこんなところに“陽キャ”が……」

「……ん?」

フロイドがゆっくり振り返る。

そこにいたのは、青白い顔した──確か前はイグニ寮長だったか、
特有の雰囲気の男子生徒。


「あ゛?なんか言った?」

「ヒッッッ!!
す、スマセンしたァ!!!!!」

床に土下座する勢いで謝りだす。

フロイドはぽかんとした後、にこりと笑った。

「謝る必要ないよ〜?
ねぇ、“ホタルイカ先輩”」

「ほ、ホタル……??
お、俺のこと……?」

「そぉ。アズールの先輩でしょ?それにぃ、ぴかぴかしてるし」

「あっ……そ、そっす、うす……」

フロイドはにじり寄る。

「ねぇホタルイカ先輩、ちょっと手伝って欲しいことあんだけどぉ〜」

肩にぽん、と手を置く。
圧がすごい。

「やってくれるよね?」

「ひっ……
あ、あ、モチロォォォン!!!!
ナンデモヤリマス!!!!」

フロイドは満足そうに笑い、彼の肩を軽く叩いた。

「い〜子。
じゃ、行こっか?」

イデアは涙目で頷くしかなかった。


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