あ
「フロイド。僕は解呪をしますが……貴方はその間どうするんですか?」
「んー、図書館“地下”行く。闇の鏡のとこ」
アズールは日記を抱えたまま大きく息を吐いた。
「……危険を感じたらすぐ戻ってきなさい。
この日記……思った以上に厄介です。
単独で仕掛けられた術じゃない」
「へぇ。じゃあ解呪、頑張ってね〜。
アズールは頭いいし、すぐでしょ?」
「あなたがこんなときだけ頼るのは本当に腹が立ちますね」
毒を吐きながらも、アズールの手は既に日記の術式を分解し始めていた。
フロイドは軽く手を振り、オンボロ寮を後にした。
学園の図書館は夜も静まり返っていた。
誰もいないはずの館内で、フロイドの足音だけが響く。
夜間は立入り禁止の最深部。
分厚い鉄扉の前には魔法陣が淡く光る。
「オレ、今は1年生なんだけどね〜。
ま、いっか」
軽い口調のわりに、フロイドの目は真剣だった。
指先で魔法陣をなぞると、彼の魔力を識別した扉がゆっくり音を立てて開く。
暗闇の奥に、巨大な鏡がひとつ。
重々しい装飾が施されたフレーム。
鏡面にはまるで霧のような黒が漂い、その奥に誰かがこちらを見ている気配。
──“闇の鏡”。
入学式で生徒の宿命を告げる鏡。
記憶を蓄え、千の魂の声を聞く鏡。
フロイドは鏡の前まで歩み寄った。
「ねぇ、おっきい鏡クン。
ちょーっと聞きたいことあんだけど?」
静寂。
数秒後、鏡面がぐらりと波打つ。
『……フロイド・リーチ。
その身に“二度目の時間”の匂いがする』
「おー、やっぱバレちゃう?
オレ、さっきもこの時間、経験してんの」
『通常の学園生活ではありえぬ歪み。
お前の魂は“記録と現実の差異”を抱えている』
フロイドは鏡を見上げる。
「じゃ、質問。
今年の入学式……監督生って来たよね?
あのニホンの男の子」
『来た』
「じゃ、去年。
……去年も、ニホンから一人来てるはずなんだけど?」
鏡は沈黙する。
その沈黙は“答えられない”のではなく、“答えが存在しない”ものを示しているようだった。
『記録にない』
「記録に“消された”だけじゃないの?
小エビちゃん、絶対いたんだよ」
鏡面が揺れる。
『“存在が抜け落ちた者”……時に、魔力的事故や禁術で発生する』
『残された記録は、断片、影、あるいは……“あなたのように記憶を保持した者”』
「保持したって言ってもさぁ〜、オレも少しずつ忘れてる気がするんだよね」
フロイドの笑顔は少しだけ乾いていた。
『……その名を言ってみよ』
フロイドは目を閉じた。
「ユウ」
鏡の奥が揺れた。
『“ユウ”……確かに、一瞬……記録が、揺らいだ』
「ほらね。やっぱ、なんかある」
『彼女は“何度も消されている”。
魂は存在しながら、記録だけが消失する。
まるで──誰かが意図的に“巻き戻し”を……』
フロイドが息をのむ。
「小エビちゃんが……“時間を戻した”って言ってた。
誰かを助けるために」
鏡は低く唸るように声を響かせた。
『その代償で、彼女の“存在の記録”が削れた可能性がある』
『普通なら、完全に消える。
だが──』
フロイドが鏡を見据える。
『あなたは彼女の“アンカー”となっている』
「アンカー?」
『彼女が唯一、記憶を託せる相手。
あなたの魂が、彼女の存在を結びつけている』
フロイドは、言葉を失った。
「……オレが……小エビちゃんを覚えてる理由?」
『そう。そして──』
鏡が深く、重く告げる。
『お前が忘れれば、彼女は完全に消える』
フロイドの胸が音を立てて冷えた。
「…、どういうことだよ」
闇の鏡は、それ以上何も話してくれなかった。
フロイドがどれだけ問い詰めても、鏡は沈黙し、霧のような黒がゆらりと揺れるだけ。
「……チッ。役立たず」
舌打ちして背を向ける。
鏡面がわずかに震えたが、フロイドはもう気にしない。
禁書エリアの本棚を片っ端から見て回るが──何もなかった。
時間魔術に関する記述は全て黒塗りか、ページそのものが削除されている。
「だぁ〜あ、つまんなーい。
なんも収穫なーし。帰ろ〜っと」
重い鉄扉に近づこうとした瞬間──。
背後から、小さく震えた声が聞こえた。
「ヒッ……なんでこんなところに“陽キャ”が……」
「……ん?」
フロイドがゆっくり振り返る。
そこにいたのは、青白い顔した──確か前はイグニ寮長だったか、
特有の雰囲気の男子生徒。
「あ゛?なんか言った?」
「ヒッッッ!!
す、スマセンしたァ!!!!!」
床に土下座する勢いで謝りだす。
フロイドはぽかんとした後、にこりと笑った。
「謝る必要ないよ〜?
ねぇ、“ホタルイカ先輩”」
「ほ、ホタル……??
お、俺のこと……?」
「そぉ。アズールの先輩でしょ?それにぃ、ぴかぴかしてるし」
「あっ……そ、そっす、うす……」
フロイドはにじり寄る。
「ねぇホタルイカ先輩、ちょっと手伝って欲しいことあんだけどぉ〜」
肩にぽん、と手を置く。
圧がすごい。
「やってくれるよね?」
「ひっ……
あ、あ、モチロォォォン!!!!
ナンデモヤリマス!!!!」
フロイドは満足そうに笑い、彼の肩を軽く叩いた。
「い〜子。
じゃ、行こっか?」
イデアは涙目で頷くしかなかった。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。