第19話

大きな欲
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2024/03/31 09:00
咲楽side

全身が雲の海に浮いているような、不思議な感じがした。

目を閉じていても分かる明るさだ。

だけど、瞼は重たくて開けない。
石倉 優星
……咲楽。

声が聞こえる。

私の好きな人の声。
石倉 優星
死なないで、咲楽……。

そんなこと、言わないでよ……。

『自分は病気で周りの人よりも早くに死ぬ』

それは、私がもっと子どもだった時に理解して、当たり前になっていたことだった。

体に負担をかけたら、呼吸困難になって苦しくなる。

大切な人が増えたら、離れ離れになるのが怖くなる。

だから、色々なことを諦めてきて、それに慣れてきていたはずだった。

学校に行きたかったし、友達を作りたかったし、できた友達とやりたかった遊び、行きたかった場所とか……。

挙げ出したらキリがないくらい、たくさんのことを諦めてきた。

だけど、余命宣告されて、死に際くらい花のある日々を過ごしてみたいって願っていたら、優星くんに出会って、叶えられた。

人は、1つ欲望が叶うと、さらに大きな欲を求めてしまうのだろう。


私だって、死にたくない。

せっかく優星くんと出会えたのに、死にたくないよ。

生きたいよ……。




優星side

次の日。
病室に行くと、咲楽はまだ眠っていた。

真っ白な顔には酸素マスクが着けられていて、心電図の規則的な機械音だけが生きている証だった。

椛が医者から聞いたところ、ただの発作だから大丈夫ということだった。

ただの発作だからってなんだよ、と思った。
あんなに苦しんでぐったりしていたのに。

咲楽の手を握って、何度か呼びかけてみる。

少しして、柔らかい感触が握り返してきた。
石倉 優星
咲楽、大丈夫?
知念 咲楽
優星くん……。

看護師さんを呼んで、目が覚めたことを伝えた。

看護師さんは咲楽と少し体調について話した後、「2人の時間楽しんで」なんて俺に言ってから出て行った。
石倉 優星
良かった……。咲楽がこのままいなくなったらどうしようって思った。
知念 咲楽
……ごめんね。
石倉 優星
え……?
知念 咲楽
私、余命宣告されてるんだ。

時間が止まったような気がした。

あらゆる音が遠くなって、頭の中はホワイトアウトしていく。

そんなの、聞きたくなかったし、信じたくもなかった。

夢であって欲しかったけど、信じざるを得ない真面目なトーンで現実だと思い知る。
知念 咲楽
次の冬まで持たないんだって。

つまり、あと1年もない。

でも、そんなこと、やっぱり信じられなかった。
石倉 優星
まだ死ぬって決まったわけじゃ……!
知念 咲楽
同じ病気の人、例外なく亡くなってるんだって。

俺の声を遮って、咲楽がうっすら笑いながら言う。

なんで笑うんだよ、と思ったけど、すぐに昨日の椛の言葉を思い出した。

『何もしないよりは、楽に生きられるような気がしてる』

咲楽も同じなのかもしれない。

でも、咲楽の本当の笑顔を知っているから、こんなに辛そうな笑みを見るのは嫌だった。

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