第86話

寂しかった。
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2019/12/31 03:27
彼女が病室から出ていき、少したつと母が口を開いた。
美晴 母(美香)
本当、あなたちゃんいい子ね。
美晴にはもったいないくらいよ。
美晴
うん。俺もそう思う。
そう言うと俺は先程彼女が出ていった扉を見つめる。
それを見た母が嬉しそうな表情で言う。
美晴 母(美香)
あなたちゃん。大事にしなさいよ。
美晴
もちろん。
俺は微笑んで頷いた。
頭の包帯は彼女を守った証のような気がしてそっと触れる。母はその仕草を見て、切なげな表情に変わる。
美晴 母(美香)
来るのが遅くなってごめんね。
俺は首を横に振った。
両親は海外で働いているから帰ってくるのが遅くなるのは当たり前だと思ってる。むしろ3日で帰ってこれたのが凄いぐらいだ。それに2人が働いてくれているおかげで俺は自由にいろんなことをさせてもらってる。だからこそ謝ってもらう必要はないと思った。
美晴
いいよ。むしろ来てくれてありがとう。
忙しい時期のはずなのに。
俺がそう言うと母は少し俯きながら言う。
美晴 母(美香)
あのね、美晴。母さんたちパリでの仕事を辞めて日本で働こうと思うの。 
美晴
え、…?
突然のことに俺の頭は追いつかなかった。
美晴 母(美香)
母さんたち思ったの。美晴が大変な目にあってまで仕事をする必要があるのかって。それに日本でもデザイナーの仕事はできるし。
母はそう言って笑う。でも、俺は知ってる。母さんがどれだけデザイナーの仕事が好きで、生きがいであるか。久々に家に帰ってきてのんびり俺たちと過ごしたあと、自分の部屋で楽しそうに服のデザインを考えていたのを俺は見ていた。それにパリへ行くことが決まった時、母はとても嬉しそうだった。
美晴
…戻らなくていいよ。
美晴 母(美香)
え、?
美晴 父
…美晴、
2人とも呆然としていた。俺は言葉を付け足していく。
美晴
…俺は2人がどれだけ今の仕事好きか知ってる。だからこそ辞めて欲しくない。
美晴 母(美香)
でも、美晴を1人には…
美晴
…んで、
美晴 母(美香)
え?
美晴
…なんで今なわけ!? 
思わず俺は叫んでいた。母も父も驚いていた。
美晴
それなら俺が小学生の時に一緒にいて欲しかった…!4年生までは姉ちゃんがいてくれたけど、だけど姉ちゃんは…!
感情が高ぶり俺の目から涙が伝う。
美晴
姉ちゃんが交通事故で死んじゃってからは俺の人生は何も無かった…!みんな同情してくれたけどそんなの全く嬉しくなかったっ、俺はずっとひとりぼっちだったんだよ…!
そういった時俺は自分が何を言ったのか気づいた。俺は…寂しかったんだ。今まで。
姉ちゃんが居なくなってからは更に。一人で食べるご飯。だだっ広い家。俺は無意識に“寂しい”という気持ちを押し殺していたんだ。あの時からずっと。
美晴 母(美香)
ごめんね、美晴。
母は切ない表情で涙を浮かべた。
その時に俺は言いすぎてしまったと気づく。
俺が何かを言おうとする前に父さんが口を開いた。
美晴 父
美晴。すまなかった。父さん達はお前がそんなことを思っていたのに気づけていなかったんだな。物分りのいい子だとは思ってたが…、
俺は首を横に振る。
美晴
俺こそごめん。でも今は大丈夫なんだ。俺にはあなたがいるから。彼女だけはちゃんと俺と向き合ってくれた。彼女にとっては何気ない言葉だったんだろうけどその言葉で俺は救われたから。
美晴 父
そうか…。
2人の表情は笑顔に変わっていた。

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