その一言、たった一言を言えたら、どれだけ楽だっただろう。
何度そんなことを考えたか。
どうしても言えなかった。
言いたくなかった。
私の心の中にあるもやもやした劣等感が、今度こそはっきりと色を付けてしまうから。
青がもっと嫌いになってしまう。
それが嫌だった。
怖かった。
ただ、ひたすらに。
だから、今まで名前なんて呼びたくなかったのに。
記号としての『ペスカ』なら何度でも叫べた。
何度でも唄えた。
求められるままに、私はペスカ、と息を吹きかける事ができた。
例えば、仲のいい友達同士がお互いを呼ぶ時。
特別尊敬している訳でもない先輩の名前を呼ぶ時。
兄弟で交わされるあだ名を呼ぶ時。
昔の友達の名前を呼ぶ時。
少しだけ、懐かしさと切なさが滲む時。
それでも、何でもないただの言葉のように、名前を呼ぶことが。
____________それだけは、どうしてもペスカに出来なかった。
出来なかった、筈だったけど。
初めて、ペスカの名前を、名前として呼んだ。
ペスカ、ただそれだけの3文字。
それ以外に意味など無かった筈だった。
なぜ『ペスカ』と言う名前なの、と聞かれても、その答えは持ち合わせていない筈だった。
『ペスカ』に意味があってはいけなかった。
『ペスカ』に意味があるだけで、私の青に存在意義が無くなってしまうから。
全ての原因は私にあるけれど、どうしてもペスカと自分を比べてしまう。
だからこそ、気紛れで付けた、ただの記号としての名前でないといけなかったのに。
ずっと心の奥底に、誰からも見つからないように鍵をかけていた筈だったそれは。
ふと、私の口から零れ落ちた音で。
そして、それはただ余りにも自然だった。
まるで、誰にも救われることのない命の欠片を、ふと拾ったかのように____________。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。