第37話

ペスカと白露 Ⅶ
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2021/12/02 12:24
その一言、たった一言を言えたら、どれだけ楽だっただろう。






何度そんなことを考えたか。



どうしても言えなかった。

言いたくなかった。


私の心の中にあるもやもやした劣等感が、今度こそはっきりと色を付けてしまうから。

青がもっと嫌いになってしまう。

それが嫌だった。

怖かった。

ただ、ひたすらに。








だから、今まで名前なんて呼びたくなかったのに。











記号としての『ペスカ』なら何度でも叫べた。

何度でも唄えた。

求められるままに、私はペスカ、と息を吹きかける事ができた。






例えば、仲のいい友達同士がお互いを呼ぶ時。

特別尊敬している訳でもない先輩の名前を呼ぶ時。

兄弟で交わされるあだ名を呼ぶ時。

昔の友達の名前を呼ぶ時。

少しだけ、懐かしさと切なさが滲む時。

それでも、何でもないただの言葉のように、名前を呼ぶことが。





____________それだけは、どうしてもペスカに出来なかった。
















出来なかった、筈だったけど。





















初めて、ペスカの名前を、名前として呼んだ。

ペスカ、ただそれだけの3文字。

それ以外に意味など無かった筈だった。

なぜ『ペスカ』と言う名前なの、と聞かれても、その答えは持ち合わせていない筈だった。

『ペスカ』に意味があってはいけなかった。











『ペスカ』に意味があるだけで、私の青に存在意義が無くなってしまうから。

全ての原因は私にあるけれど、どうしてもペスカと自分を比べてしまう。

だからこそ、気紛れで付けた、ただの記号としての名前でないといけなかったのに。






















ずっと心の奥底に、誰からも見つからないように鍵をかけていた筈だったそれは。
















































































ふと、私の口から零れ落ちた音で。


そして、それはただ余りにも自然だった。

















まるで、誰にも救われることのない命の欠片を、ふと拾ったかのように____________。

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