男がルビアンの名を呼ぶ。それだけで、ただ事ではないと察した。この国でルビアンの名前を呼べる人など数える程しかいないのだから。マーサさんでさえルビアンのことを、「坊っちゃま」と呼んでいる。
そんな私の戸惑いを感じたのか、ルビアンは小声で私に耳打ちをした。
ルビアンの父親――
てことは、国王だ。この国で一番偉い人。
ルビアンの父はそんな私たちを一瞥する。その眼差しは、今まで見てきたどんな人よりも冷たかった。
私はその場に縫い付けられたように動けずにいた。
何も言えなかった。何を言えばいいか分からなかった。
あっさりと彼は引き下がった。もっと怒鳴ったり、絶対に認めないとでも言うと思っていたのに。
だけど、なんだろう。すごい不気味だ。張り詰めた空気は依然として変わらない。
ルビアンの父は、懐から一枚の紙を取り出した。それを、ルビアンに突きつける。
思わず声に出てしまう。
そんな私をどうでもいいかのように、彼はルビアンから視線を外さない。
そんな……どうしたら。私のせいで、ルビアンは……
私のせいだ。どうにかしなきゃ。どうにか――
コツコツと靴音がする。
見上げると、ルビアンは一寸の迷いもなく父の元まで歩みを進め、その紙にペンを走らせた。
ルビアンは真っ直ぐ、父親を睨みつける。その視線に動じることなく、彼はサインされた紙を眺めた。
そして、もう満足したとでも言うかのように踵を返した。
バタンと扉の閉まる音が響く。
私もルビアンも一言も会話を交わさなかった。
私の頭の中では、先程の彼の言葉が残っていた。
大事――彼はたしかにそう言った。
私のことが大事……?
私が嫌いだから婚約破棄したんじゃないの?
もう分からない。自分から婚約破棄を突きつけてきたくせに、私を庇うその優しさが分からない。
私が思考を続けている間も、時間は残酷に進んでいく。
ルビアンと私に残された時間は少ない。
婚約破棄まで二日。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。