第37話

37
1
2026/03/18 10:41 更新
男がルビアンの名を呼ぶ。それだけで、ただ事ではないと察した。この国でルビアンの名前を呼べる人など数える程しかいないのだから。マーサさんでさえルビアンのことを、「坊っちゃま」と呼んでいる。
そんな私の戸惑いを感じたのか、ルビアンは小声で私に耳打ちをした。
ルビアン
父親だ
ルビアンの父親――
てことは、国王だ。この国で一番偉い人。
ルビアンの父はそんな私たちを一瞥する。その眼差しは、今まで見てきたどんな人よりも冷たかった。
私はその場に縫い付けられたように動けずにいた。
何も言えなかった。何を言えばいいか分からなかった。
ルビアン父
その女とは婚約破棄しろと言ったはずだがな。お前も同意しただろう
ルビアン
……気が変わった
ルビアン父
ふん、そう言うだろうと思っていた。――いいだろう。関係を続けるといい
あっさりと彼は引き下がった。もっと怒鳴ったり、絶対に認めないとでも言うと思っていたのに。
だけど、なんだろう。すごい不気味だ。張り詰めた空気は依然として変わらない。
ルビアンの父は、懐から一枚の紙を取り出した。それを、ルビアンに突きつける。
ルビアン父
そんなにその女との婚約を続けたいなら、今の立場を捨てろ
レオナ
え、それってどういう……
思わず声に出てしまう。
そんな私をどうでもいいかのように、彼はルビアンから視線を外さない。
ルビアン父
言った通りだ。関係を続けたいならサインをしろ。だが、ここにサインしたと同時にお前の地位、立場。全てなくなると思え
そんな……どうしたら。私のせいで、ルビアンは……
私のせいだ。どうにかしなきゃ。どうにか――
コツコツと靴音がする。
見上げると、ルビアンは一寸の迷いもなく父の元まで歩みを進め、その紙にペンを走らせた。
ルビアン父
ふん、そんなにその女が大事か
ルビアン
ああ、大事だ
ルビアンは真っ直ぐ、父親を睨みつける。その視線に動じることなく、彼はサインされた紙を眺めた。
そして、もう満足したとでも言うかのように踵を返した。
バタンと扉の閉まる音が響く。
私もルビアンも一言も会話を交わさなかった。
私の頭の中では、先程の彼の言葉が残っていた。
大事――彼はたしかにそう言った。
私のことが大事……?
私が嫌いだから婚約破棄したんじゃないの?
もう分からない。自分から婚約破棄を突きつけてきたくせに、私を庇うその優しさが分からない。
私が思考を続けている間も、時間は残酷に進んでいく。
ルビアンと私に残された時間は少ない。
婚約破棄まで二日。

プリ小説オーディオドラマ