第8話

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2026/02/13 14:05 更新




「ことばが、でない」






 

なにか、言おうとした。



ちゃんと、あいさつ、しようって。

そう、こころの中では、決めてた。

 
ru
……こ、こ……


のどが、ぎゅって、しまった。

 


まただ。

 


ぼくは、くちをつよく閉じた。


みんなが、ぼくを見てる気がして、
むねが、どんどん、くるしくなる。

 


「だいじょうぶだよ」


 

そう言われるたび、
“だいじょうぶじゃない”って言いたくなる。



でも、その言葉が、いちばん出てこない。


 

おとなの人が、なまえを聞いた。


 
ru
きせ……る……


……だめ。

 


顔が、あつくなった。


また、しゃべれない。


また、できない。

 

ru
……っ


目の奥が、つんとした。

 


どうして、ぼくのからだは、ぼくの言うことを
聞いてくれないんですか。

 

こころでは、
ちゃんと、しゃべってるのに。


 

そのとき。


 
nn
ゆっくりでいいよ


ちょっと、やわらかい声がした。


 
nn
るぅとくんの言葉、ちゃんと、待つから



“待つ”。




その言葉に、
胸が、すこしだけ、ほどけた。


 

ぼくは、ひとつ、息をすった。

 

ru
……る、るぅ……と


言えた。


 

たった、それだけなのに。


 
nn
言えたね


そう言って、
そのおにいさんは、すごくうれしそうに笑った。

 



ぼくは、びっくりした。


だって。



 

“できなかった”ぼくじゃなくて、

“できた”ぼくを、見てくれたから。



 

そのとき、
近くで、だれかが言った。


 
rn
すごいじゃん!


どこからかあらわれた赤いぼうしの子だった。


 
cl
ね!


となりの、マスクの子も、うなずいてた。



 

……すごい?



 

こんなの、
いつも、できなくて、怒られるのに。


 

胸の奥が、じんわり、あったかくなった。

 

ru
……あ、ありぁと、ござ……っ


また、つまった。


でも。



 
nn
いいよ、そこまでで


そう言ってもらえた。

 



“全部言えなくてもいい”。

 



そのことが、
こんなに、らくなんだって。


 

ぼくは、そっと、思った。


 

ここなら。


 




ぼくの言葉は、
途中で止まっても、
なくならないのかもしれない。

 


ru
黄瀬 瑠斗(きせ るぅと)

7歳 / 男の子

適応障害、軽度の吃音



『なんでぼくのからだは言うこと聞いてくれないんですかっ?!』



礼儀正しく、言葉づかいも丁寧。

一見すると「しっかりしたいい子」。

環境の変化にとても敏感で、慣れるまでに時間がかかる。

焦るほど言葉がつかえてしまい、それがさらに焦りを呼ぶ悪循環。

努力家で負けず嫌い。

そして実は……かなり頭が回る。

にこにこしながら核心を突いたり、さらっと大人を困らせる質問をしたりする。

静かな顔の奥に、小さな策士が住んでいる。




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