《Geonwoo side》
あの日の揺れを、
僕は今でも、身体の奥で覚えている。
立っていられないほどの衝撃。
耳鳴り。割れるガラスの音と、誰かの叫び声。
気づいたときには、
僕は濡れた地面を踏みしめながら、
人の流れに押されるように避難所へ向かっていた。
津波が来る。
そう叫ぶ声が、何度も背中を叩いた。
避難所の体育館は泥水と絶望で満ちていた。
泣き叫ぶ人。ただ座り込んで、天井を見つめる人。
その中で。
びしょ濡れのまま、
小さな子供を抱いて立ち尽くしている人影があった。
虚ろな目で、ただ前を見ている。
気付けば声をかけていた。
名前を聞いて、「あなたです。」と答える声は
ひどくか細かった。
ダオナ、と小さく呟いたその子は、2歳の誕生日プレゼントだというぬいぐるみを、不安そうに握っていた。
彼女の旦那さんからの連絡は、一向に無かった。
「仕事中だったんです。」
それだけ言って、唇を噛む彼女。
否定も、励ましも、
どれも彼女を救えないと分かっていた。
それでも、僕はそばにいた。
毛布をかけて、食事を分けて、
ダオンが泣けば、あやした。
数日後。
「……あなたさん。」
名簿を手にしたスタッフの方の声に、
彼女が顔を上げる。
「ご主人について、
本人確認が必要な情報が届いています」
その先は、もう、聞く必要がなかった。
彼女の涙はとうの昔に枯れていた。
ただ、腕の中のダオンをぎゅっと抱きしめて、
「……ねえ、パパ、帰ってこないって。」
そう告げた。
夜。
毛布にくるまりながら、彼女はぽつりと言った。
「……私が、代わりにいなくなればよかったのかな。」
あなたの身体が軸を失って、僕の腕の中で小さくなる。
彼女の背中に手を回すと、
震えだけが遅れて伝わってくる。
あなたはほんの一瞬だけ、僕の服を掴む。
でも、その仕草が、縋りでも、甘えでもないことは、
痛いほど分かるから。
——もし、この人が、
何も失わずに生きていける世界があるなら。
僕は、彼女をそこへ連れていくべきなんじゃないか。
そう強く願った瞬間、気づいたら、
僕は5年前のあの町に立っていた。
壊れていない街。
穏やかな夜。
そして、
何も知らない彼女。
期限付きの、あの一週間。
未来へ戻る直前、机に向かって、
便箋を前に、何度もペンを置いた。
《知ってたんだ。
君は、別の人と幸せになる》
これは、諦めじゃない。
祝福だ。
《それでも、
あの一週間だけは、
君と一緒にいたかった》
それは、僕の、たった一つのわがまま。
《明日、旦那さんを仕事に行かせちゃダメ》
この世界を生きる彼女が、大事な人を失わないために。
——そして、僕が、彼女の人生に二度と
現れないために。
そうして日時指定の手紙だけを残して彼女の前から姿を消し、未来へ戻った日。
避難所に流された僕は、
人の顔を一人ひとり、確認する。
——いない。○○も、ダオンも。
その瞬間、全身の力が抜けた。
本当に、よかった。
この世界の彼女はきっと、
旦那さんと、子供と、幸せに生きている。
もう、二度と会うことはない。
それでいい。
彼女の人生に僕が入り込む余地は、
最初から無い方がいいんだ。
君が幸せなら。
僕は、永遠に、2番手男子くんでいい。
End.












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。