第17話

ルシファー
180
2019/09/25 07:11
ゼル
ゼル
(……ルシファーが【先生】だと?)
眼前の悪夢の様な現実に私は言葉を失う。

かつての【大天使】であり、今は【魔界の王】として君臨する唯一無二の存在を見違えるわけがない。
ゼル
ゼル
(何でヤツが人間のフリ・・をして此処に居るんだ!?)
にわかに信じ難い光景であった。

――が、ルシファーが関わっていたとなれば、これまで私の中で燻り続けていた疑問や不信の全てに合点がいく。
理屈など関係ない、ルシファーとはそういう存在なのだ。
マリア
マリア
ゼルくん?どうかしましたか??
ゼル
ゼル
マリア……
私が口を開きかけた時。
ルシファーは微笑みを浮かべたまま、そっと自身の唇に人差し指をあてがって見せる。

そして朗らかな声でこう言った。
先生
先生
マリア、私はゼルくんと食前の散歩をしてくるよ
ゼル
ゼル
マリア
マリア
え、私も一緒にお散歩したいです!
先生
先生
男同士のナイショ話があるからダメ
マリア
マリア
性差別はいけません!
先生
先生
マリア、ワガママ言わない!
夕食の準備宜しく頼むよ?
マリア
マリア
……はあい
不貞腐れる羊頭を残し、私とルシファーはキッチンを後にした。
*****

散歩といっても辿り着いた場所は教会の礼拝堂。
ルシファーは慣れた手つきで燭台の蝋燭に炎を灯した。
先生
先生
久しぶりだね、アザゼル……こうやって言葉を交わすのは何年ぶりだろう
ゼル
ゼル
……さあね
先生
先生
相変わらず同性には素っ気ない男だね、キミは
ゼル
ゼル
(【同性】ではない、【同類】を毛嫌いしているだけだ)
ルシファーは機嫌良くコロコロと笑って見せる。
此方は愛想笑いすら出ない状況だというのに……羨ましい神経をしている。
先生
先生
ねえ、アザゼル。折角だから元の姿で話をしないかい?
怪我はまだ完治していないだろうけど……コレ・・の効果なんてもう気にもならないだろう?
ルシファーはヒビ入り神像をツンツンと指で突く。
ゼル
ゼル
(……神像を破壊したのもコイツか)
偶然の事故を装って破壊し、修復する際に何かしらの細工をしたのだろう。

昔から【大胆不敵】かつ【用意周到】、二つの才能を持ち合わせたタチの悪い男だった。
ゼル
ゼル
(まあ、とりあえず……)
私は元の姿に戻ると長椅子にゆったり腰を掛けた。

確かに伸縮性の高い包帯にしておいて正解だ。
それでなければ今日だけで3回は包帯をちぎり、3回羊頭に叱られている所だった。
アザゼル
アザゼル
これで満足か?
先生
先生
うん、ありがとうアザゼル。昔と変わらぬ姿、とても懐かしいよ
アザゼル
アザゼル
……で、貴方は何故そのままなんだ。フェアじゃないな
先生
先生
私はいいよ、面倒だから
そう言い切ると、ルシファーはにっこりと微笑む。
俗にいう【言い出しっぺ】のくせに、何という横暴さだろうか。
先生
先生
私はこの姿がとても気に入っているんだよ。とても【善良な人間】に見えるだろう?
確かに今のルシファーは【元の姿】からだいぶ掛け離れた姿をしている。

いや、姿だけではない。
佇まいや、仕草、発言――あの冷徹な男と同一人物とは、にわかに信じ難いものがある。
しかし一目見ればわかる、彼は紛れもない【魔王】だ。
そこに理屈も説得力も必要はない。

【摂理】も【道理】も捻じ曲げるのがルシファーの魔王たる所以でもある。
先生
先生
『そんな世間話より大事な用件があるだろう?』とでも言いたげな顔をしているね、アザゼル
アザゼル
アザゼル
別に……
先生
先生
良いよ、では本題に入ろうか……あまりマリアを待たせても悪いからね
ルシファーはゆったりとした動作で、通路を挟んだ向かいの椅子に腰掛ける。
先生
先生
大いなる我らが父の御前だ、お互い嘘偽りなく腹を割って話そうじゃないか
蝋燭の炎に照らされたルシファーの瞳が、紅く染まる。
それは闇を孕んだ地獄の業火を彷彿とさせる色だった。


*****
先生
先生
……まあ、【腹を割る】と言っても何もかもを話すつもりはないし、そんな時間もない。しかしキミの問いには極力真摯に答えるつもりだ
アザゼル
アザゼル
……わかった
先生
先生
では、始めておくれ
【最大限、譲歩している】という素振りを見せられ、私は僅かな時間で頭の中を整理した。
この男を相手にするには言葉選びも慎重に行わなければいけない。
アザゼル
アザゼル
最初に……私をこの教会に【誘導した】のは貴方だな?
先生
先生
御明察の通り。流石アザゼル、聡いね
アザゼル
アザゼル
それは貴方と赤毛の悪魔祓いが【手を組んでいる】との認識で良いのだろうか?
先生
先生
それは誤解だよ、アザゼル。
確かに私は悪魔祓いの彼の存在は知っている。しかし悪魔祓いてき同胞ともを売るほど非情ではないよ?
非情・無情な悪魔の頂に立つ男が有情だったとは、初耳も良いところだ。
先生
先生
百歩譲って、私と悪魔祓いが手を組んでキミを追い詰めたとしよう?
あと一歩で……という局面で私が『あの悪魔は私の知人だから見逃してくれ』と懇願して、彼がその望みを聞いてくれると思うかい?
アザゼル
アザゼル
……それはないな
先生
先生
だろう?
ルシファーは愉し気にコロコロと笑う。
先生
先生
あの晩、私は【偶々】通りすがりに手負いのキミを見掛け、何とか試行錯誤の果てにこの教会まで連れて来たんだ。
キミと悪魔祓いに感付かれないよう誘導するのは中々苦労したよ
アザゼル
アザゼル
……どうして私を救おうと?
先生
先生
キミは私の最も古い同胞ともの一人だからね……見殺しには出来ないよ
アザゼル
アザゼル
…………
先生
先生
それに【マリアにキミを会わせたかった】という理由も付け加えておこうかな
アザゼル
アザゼル
マリア?
先生
先生
マリアは幼い頃から書物の中のキミに御執心でね……いつか会わせてあげると約束していたんだよ
アザゼル
アザゼル
……マリアは貴方の正体を知っているのか?
私の問いに、ルシファーは初めて困惑気味の笑顔を見せた。
先生
先生
私から正体を明かした記憶はない――が、キミも知っての通りマリアは異常に鋭い部分があるからね。油断は出来ないよ
ルシファーすら困惑させるとは、あの羊頭も中々の猛者ではないか。
私は素直に感心していた。
先生
先生
とにかくあの晩は【アザゼルをマリアの元に届ける】のが最優先事項だった。
そして私はマリアとの約束を果たせ、キミは命拾いをする……偶然が生んだ一石二鳥じゃないか
何が一石二鳥だ。
つまりは【マリア可愛さ故の行動】であり、私の命拾いはほんのおまけ程度の偶然ということだ。
やはり同胞に有情の悪魔など居ない――親馬鹿な悪魔がいるというだけだ。

そこで私はふと疑問を抱いた。
アザゼル
アザゼル
何故貴方はそこまでマリアに肩入れするんだ?
先生
先生
それは彼女が子供の頃からの付き合いで、私の【弟子】の様な存在だからね
アザゼル
アザゼル
……弟子、か
先生
先生
マリアは凄い……本来は聡い癖に普段は間抜け、時に鋭いが大凡は愚鈍
……私は羊頭の悪口を聞かされているのだろうか?
そんな錯覚を覚える程度に、ルシファーの評価は辛辣だった。
先生
先生
ズボラでワガママを言う時もあるけれど、素直で優しく可愛らしい――キミと同じ感情を、私だって抱いているよ
アザゼル
アザゼル
ルシファーの紅い瞳に底冷えのする様な光が灯るのを、私は見逃さなかった。

否、見過ごせなかった。
先生
先生
しかし、マリアは私が育てた稀有な魂の持ち主――例え誰であろうと指一本触れさせはしない
それは【警告】なのか、それとも【死刑宣告】か。

魔王の眼光に射抜かれ、私は背中に冷たいものが走るのを感じていた。

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