歩きスマホをしながら、独り、そう呟く
家を飛び出してきたは良いものの、目的地がないのだ。
キョロキョロと辺りを見渡し、手軽に運動できそうな場所を探す。
まず、公園の遊具が目に入った。
近付いてよく見ると、置いてある遊具は
・すべり台
・ブランコ
・砂場
・動物の形をした、バネに乗っかってるやつ
だけだった。
仕方ないので、公園での運動は諦め、再びキョロキョロと辺りを見渡す。
次は、フィットネスジムが目に入った。
ぼくは、そこには近付かず、別の場所を探すことにした。
え?
だって、ぼくはリン○フィットも長続きしないんだよ?
フィットネスジムなんて、お金の無駄になるかもじゃん
はぁ…と、ため息を吐き、諦めようかと思ったその時、ふと、石でできた長い階段が目に入った。
上を見上げ、その階段が続く先を見ると、遥か上に赤い鳥居が見えた。
疑問に思いつつも、そういえば『階段を登るのはスクワットをするのと同じ効果がある』という話を思い出した。
神社に続く階段を登るだけならお金もかからないし、そんなに辛くないし、通報されることもないだろう。
ぼくは、その石の階段を登り始めた。
あまりにも長すぎる階段にぐちぐちと弱音を吐きながらも、ようやく一番上にたどり着いた。
ドサッとその階段に座り、休憩する。
ぜぇ、はぁ という自分の呼吸の音と、過去最高の速度で脈打つ心臓の音だけが耳に届いた。
しばらくして、呼吸が落ち着き、立ち上がる。
改めてその神社を見ると、割と新しいものなのか、鳥居が意外と綺麗なことに気がついた。
誰か手入れをしている人がいるのだろうか。
ここまで来てすぐに引き返すのはなんだか勿体無い気がしたので、そのまま鳥居をくぐる。
石畳を辿っていくと、賽銭箱が置いてある神社の本殿(?)についた。
ごそごそとポケットを漁ると、運良く五円玉が入っていたので、それを賽銭箱に入れ、パンパンと手をたたく。
そして、心の中で願い事を唱え、一礼する。
クルリと右回転し、さっき来た道を辿ろうとした。
すると、端の方で、箒を片手に持った巫女さん…
いや、神主さんらしき人を見つけた。
雪のような白髪と、そこから覗く澄み渡った空のような青色の瞳。
薄い唇はほんのりとした桜色で、あまり日光に当たっていないのか、肌は透き通るような白色だ。
思わずうっとりと見つめてしまう。
彼はただ、手に持ったどこにでもあるような箒で石畳を掃除しているだけ。
ただ、そんな何気ない行動にすら気品を感じてしまうのだ。
ぼくがじっと見つめすぎていたのか、視線に気づいた様子で、神主(仮)さんは顔を上げ、こちらを見返した。
ゆったりとした動作に、『おぉ…』という感嘆の声を思わず漏らす。
少し気だるげな低音だ。
見た目だけでなく声までカッコいいのか。
緊張してたどたどしい喋り方になってしまったが、そんなことよりも、美青年神主(仮)さんと話せたことが嬉しかった。
神主さんは、片眼をパチッと閉じて、茶目っ気たっぷりにウインクした。
かっこよ…!
そんなにじっくりと、見ていたのだろうか。
神主さんは手のひらを頬に当て、変なものがついていないか確かめている。
少し気まずくなったぼくは、退散することにした。
だって、神主さんとはまだ話したいけど、このまま長々といて、『しつこい人』だと思われてもいやじゃん!?
神主さんはニコッと笑って一礼した。
ぼくは、再び石畳を辿った。
頭のなかは神主さんのことでいっぱいだ。
最後にもう一度だけ、神主さんを見たい。
そう思って、振り返った。
神主さんは再び掃除を始めているのかと思いきや、まだぼくを見送っていた。
ためしに、『バイバイ』と手を振ると、神主さんも振り返してくれた。
あ、神主さんが何か言ってる。
よく聞き取ろうと、耳を澄ます
おそるおそる下を見ると、階段に気づけなかったぼくの左足は、何もない空間に踏み出していた。
そして、そのまま、ぼくの体は、うまくバランスを取れずに、石の階段を転がり落ちた。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!