日はすっかり暮れ、辺りは異様な静けさに包まれていた。
暗闇から一つの提灯の明かりが姿を現す。
案内人の淡々とした声が響く。
神崎尊、雨野心雨含め数十人の参加者たちがその場に集まっていた。
各々の放つ殺気が強すぎて、とてもじゃないが一緒に頑張りましょうなどと抜かせる雰囲気ではない。
下手に動いたらここで死ぬのではないかとオドオドしている人間もいる。
その隣でするめを食っている人間もいる。
参加者たちが散り散りになって半刻後、尊は川の畔にやってきていた。
一週間生き延びるということは単に鬼を斬ればいいという話ではない。
熱中症、飢餓、滑落、そして裏切り。
鬼以外の危険とも常に隣り合わせなのだ。
次の瞬間、遠くから悲鳴が聞こえる。
出たんだ、鬼が。
尊は刀を手に取り、そのまま駆け出した。
その頃。
そう言って柔らかな笑みを浮かべる男。
名は翠屋須智。
鬼桜隊最上位の実力を持つ甲級隊員であり、尊の師匠でもある。
深緑に黒の差し色の入った髪に赤の瞳を持ち、遠目で見ればほぼすいかである。
というかもうすいかである。
一方黒髪に前髪だけ桃色の奇妙な髪色をしているのは、乙級隊員の八重桜蘭。
昨日別の隊員にだる絡みを仕掛けていたのと同じ人物で、心雨の師匠でもある。
笑えない、と呟きながら笑う蘭。
須智はその横顔を何も言わず見つめていた。
「呼吸」──────鬼桜隊は鬼と対峙するとき特殊な呼吸法を使う。
夜桜、徒桜、寒桜など……その種類は多岐にわたる。
桜の呼吸を使うことで通常の人間では考えられないほど長時間動き続けることができるほか、身体能力の底上げにも重要な役割を果たす。
因みに須智が使っているのは葉桜である。
二人の間に微かに軋んだ空気が流れる。
察した蘭が話題を変えようとしたが、須智はそこへ見事に爆弾を投下した。
蘭の周りを覆う空気が完全に凍りつく。
須智は笑顔で何を言ってるんだ。
須智も隊員である以上呼吸の大切さは身を以て知っているはず。
試験を受ける段階になった継子が呼吸を使わないのなら、そいつは呼吸を使えないことになる。
呼吸が使えないということは、常に致命傷を負いながら鬼に対峙することと同義。
鬼の身体能力の高さや感覚の鋭さは異常だ。
そんなものに生身の人間が向かっていくなんて、教える方も従う方も頭がおかしい。
この人はきっと、人のことを「部品」としてしか見ていない。
恐らく、そこに悪意も善意もない。
そういう考え方にはこの人の出自が影響しているんだと思う。
そう一言で片付けられたならよかったのだが。
上層部は隊員を切り捨てるのに一片の迷いもないし、こういう世界では「人間」を捨てられない奴から死んでいく。
実際俺も腐っているんだと感じる場面は多々ある。
最終選抜試験のとき、入魔がわざわざ他の隊員を助けた意味が全く理解できなかったくらいだし。
でも、須智は俺のとは少し違う気がする。
呼吸を使わせないのは何故なのか。
責任を取るとは何なのか。
人を本当に「部品」としてしか見ていないのなら、寧ろ手入れはちゃんとするはずだ。
例えその「部品」を壊すことになろうとも。
須智と別れてから、蘭は屋敷に戻るまでずっと考えていた。
次回 書けたら投稿
【桜の小噺】
紫宮入魔は最終選抜試験のときに鬼に襲われそうになっていた参加者を助けますが、直後その参加者が入魔を突き飛ばして逃走してしまいます。
その後ブチ切れて単独行動をとっていたところに八重桜蘭が合流。
入魔は存在を意識から消すよう努めながら試験を続けますが、実は蘭は入魔が裏切られた一部始終を目撃しており、嫌がらせとして低級鬼二体ほどを逃げた参加者の方へ行くように仕向けています。
試験終了後に広場に集まった人数を見て、自分と入魔の二人しか残らなかったことに対して何の罪悪感も湧かなかった蘭ですが、案内人に裏切った参加者がどうなったかを聞いて僅かに動揺する入魔を見て少し後悔したそうです。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。