激務を終え、22時を過ぎた辺りに自身の帰る家へと向かう。
休む間もなく事務所同士を行き来していた為か足が異様に重たく、歩く度に踵が痛む。
けれどあと少しだけ耐えれば家が見えてくる。
それまでの辛抱だ。
そして、ドアを開ける。
パンプスを適当に脱ぎ捨てて揃えもせず、すぐにリビングへの扉を開ける。
電気が点いていると分かれば内心ドキドキして。
眠そうな瞳で私を見つめてくる。
きっと遅くまで仕事をしている私を待ってくれていたんだ。
そんな彼に私は頬を膨らませる。
彼は私の名前を呼んでくれない。いつも礼儀正しく、いついかなるときも苗字で呼んでくる。
呼んでくれるのは嬉しい。
でも…
呆れたのか、はたまた眠いだけなのか。彼の声は甘く耳に届き、普段より二割増で色気が感じられた。
じっと彼を見ていたら、寝室に行こうとしているので反射的に腕を掴む。
いつものように我儘を言えば、今度は呆れからだろう溜め息を吐きソファに腰掛ける。堂々と足を組む姿は"副所長"の名に相応しい風格。
そうしてテレビを点ける。
これは、私が上がるまで待ってくれるという彼なりの返事なのだろう。
髪を乾かし、スキンケアを済ませた後にリビングへ戻ればテレビの音のみが聞こえてきた。
ソファの方を見れば、横たわる茨くんがいた。
寝息を立てて眠ってしまったようだった。
寝顔も凛としていて、美しくて。思わず見惚れてしまった。
彼の元へ駆け寄り、髪を撫でる。
さらりとした感触が心地よくて温かい。
同棲し始めてから数ヶ月だろうか。
一緒に家を探して、一緒引っ越しをして、変わらぬ顔で仕事をして…いっぱいの隠しごとをしている。
だから最後まで、"その時"が来るまで隠し通そうとふたりで決めたのだ。
出勤時間、退勤時間、呼び方、更には柔軟剤やシャンプーまでも違う。
もちろんお揃いのものだなんて以ての外だ。
彼は有名で人気なアイドルで、私はファンにも近いプロデューサー。そんなふたりの隠しごとが世にバレてしまったら…
そうならない為に私は全面的に、徹底的に隠し通す。
私と彼の幸せな生活を守るため…
そんなことを考えていたら、いつの間にか瞼が落ちてきてしまっていた。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。