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第1話

#1
58
2024/06/11 08:52
激務を終え、22時を過ぎた辺りに自身の帰る家へと向かう。
休む間もなく事務所同士を行き来していた為か足が異様に重たく、歩く度に踵が痛む。
けれどあと少しだけ耐えれば家が見えてくる。
それまでの辛抱だ。





そして、ドアを開ける。
あなた
…ただいまぁ
パンプスを適当に脱ぎ捨てて揃えもせず、すぐにリビングへの扉を開ける。
電気が点いていると分かれば内心ドキドキして。
あなた
茨くん、起きてる...?
茨 .
…あなたの名字さん
眠そうな瞳で私を見つめてくる。
きっと遅くまで仕事をしている私を待ってくれていたんだ。
そんな彼に私は頬を膨らませる。
彼は私の名前を呼んでくれない。いつも礼儀正しく、いついかなるときも苗字で呼んでくる。
呼んでくれるのは嬉しい。
でも…
あなた
いつも律儀に待ってるんだから。茨くん、私のこと好きだよねぇ
茨 .
起きていないと貴方が泣き喚いてしまうので
呆れたのか、はたまた眠いだけなのか。彼の声は甘く耳に届き、普段より二割増で色気が感じられた。
じっと彼を見ていたら、寝室に行こうとしているので反射的に腕を掴む。
茨 .
…何ですか。貴方も疲れているでしょう?
あなた
そう思うなら私と一緒にいてよね
いつものように我儘を言えば、今度は呆れからだろう溜め息を吐きソファに腰掛ける。堂々と足を組む姿は"副所長"の名に相応しい風格。
茨 .
…シャワーでも浴びてきたらどうです?
そうしてテレビを点ける。
これは、私が上がるまで待ってくれるという彼なりの返事なのだろう。
あなた
…ありがとう、茨くん
























あなた
ふぁ、生き返った~
髪を乾かし、スキンケアを済ませた後にリビングへ戻ればテレビの音のみが聞こえてきた。
ソファの方を見れば、横たわる茨くんがいた。
寝息を立てて眠ってしまったようだった。
寝顔も凛としていて、美しくて。思わず見惚れてしまった。
あなた
茨くん…
彼の元へ駆け寄り、髪を撫でる。
さらりとした感触が心地よくて温かい。
あなた
私と、違う匂い…
同棲し始めてから数ヶ月だろうか。
一緒に家を探して、一緒引っ越しをして、変わらぬ顔で仕事をして…いっぱいの隠しごとをしている。
だから最後まで、"その時"が来るまで隠し通そうとふたりで決めたのだ。
出勤時間、退勤時間、呼び方、更には柔軟剤やシャンプーまでも違う。
もちろんお揃いのものだなんて以ての外だ。
彼は有名で人気なアイドルで、私はファンにも近いプロデューサー。そんなふたりの隠しごとが世にバレてしまったら…
そうならない為に私は全面的に、徹底的に隠し通す。
私と彼の幸せな生活を守るため…


そんなことを考えていたら、いつの間にか瞼が落ちてきてしまっていた。

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