第40話

その39 バレンタイン
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2025/10/26 08:20 更新
【髙地】


行きつけ、というほどでもないけど
馴染みの焼き鳥屋の最寄り駅に着いた時には
チラチラしていた雪も止んでいた。

こんな時期にまだ降るのかって驚く。

小さな駅から出てきた人達は、一様に首をすくめて足早
に家路についている。

そんな人達の中にジェシーを見つけた。

軽く手を上げると、すぐに気がついてこちらに駆け寄っ
てくる。

「こーち!」
「ジェシー、お疲れー。あと、おかえり」
「タダイマ笑」

あ、髪型が変わってる。
栗色になった前髪が綺麗なおでこをすっぽり隠してる。

「髪、似合うね」

そう言ったら、ちょっとびっくりした顔をして
ありがとうって照れくさそうに笑った。

「行こっか」

「ハイ」

約1か月ぶり
隣に並んだジェシーの体温に少し緊張した。



運良く空いていた半個室の席に通されて
とりあえずビールで乾杯する。

オススメの串を適当に頼んで

オーストラリアの話を聞いて

俺の話もして

「あ、そうだ」

カバンから小さい紙袋を取り出す。

「これ、遅くなったけど、キーケース」
「エ!初デート記念?」
「あ笑、そう」
「開けていい?」
「もちろん」

ジェシーが取り出したキーケースは俺と色違い。

「落ち着いた黄色でキレイだね」
「黒とか茶じゃ面白くないかなと思ってさ」
「すげぇイイ、ありがとう!」
「良かった」

早速、使っているキーケースをひっぱり出して
鍵を付け替えてるジェシーが可愛い。

「あ、カード入れるとこもある」
「念のため作ってみたから、使えたら使って」
「使う使う!…へへ、カッコいい」

ホントに嬉しそうなジェシーに俺も嬉しくなって、自分
のキーケースを取り出した。

「ちゃんと同じ形だよ」

俺のも年末に作ったから、まだ新品みたいなもん。

「hehe、ふたつで1セットみたい」

赤と黄色のキーケース

焼き鳥やらビールジョッキやらの間に並ぶそれ

にこにこしながらキーケースを眺めるジェシーを
ちらりと見て

1セット…

胸のあたりがむず痒くなった。



「また降ってきた」
「うわ、マジかぁ…」
「あ。こーち、ちょっと待って」
「ん?」

店を出て、チラチラと雪が舞う小さな商店街を駅に向か
って歩いてたら、ジェシーがふと通りかかった花屋に入
っていく。

花?

思わぬ行動に戸惑って、その場で待ってたら
「おまたせ」って、あっという間に出てきた。

手には1本の白い薔薇

「はい、こーち」
「…は、え、俺?」
「遅くなったけど、バレンタイン」
「え!?」

フラワーバレンタイン…だっけ?

海外じゃ、そっちが一般的って聞いたことがあるけど…

「お、れ?」
「そうだよ!笑」

薔薇を貰うなんて経験がなくて
どんな顔していいのかわからない。

思わずぽかんとしてしまう。けど…

Happy Valentine…って

完璧な発音で差し出される薔薇を受け取ったら

胸にぐっと込み上げるものがあって
それを我慢したら変な顔になったみたいで。

「こーち…?」

ジェシーが不安そうに顔を覗き込んできた。

「や、あの、…ありがと!」
「チョコはお土産のコアラで許して?」
「全然っ、どっちも、ありがとう…」
「hehe、よかった」

ふわりと笑うジェシーに心臓がざわめく。

「こーちぃ、雪降り出したから俺タクシー拾う。こーち
 の家経由で帰ろう?」
「!」

いつもの俺なら、丁重にお断りする提案だけど

ひとつ、頭に閃くことがあって

「…反対方向だけど、いい…?」
「モチロン、いいよ」
「じゃ、…お願い…」

今日は乗っからせてもらおう





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