菱田さんに追い出された私は、しかたなく外へと出ると、あてもなく一人で歩いていた。
今頃、いつもと同じように、みんなに会って、掃除や料理をしているはずだったのに。
困惑ととまどい、納得のいかない思い、やるせなさ……、いろんな感情が私の心の中でうずまいている。
三人とのなにげないやりとりが、楽しくて。
いつのまにかこの仕事が大好きになっていた。
……けれど、そんな日々は一瞬で終わりを告げた。
ハウスキーパーをクビになったこともショックだけど、それ以上に自分が犯人だと思われたことが、もっと辛い。
私と目を合わせようとしなかった亮さんと翔さんの姿を思い出して、胸がぎゅっと苦しくなる。
一度失った信用を取り戻すのは難しい。
それどころか、信用を取り戻すチャンスすら、私にはもうないんだ。
じわじわとこみ上げる寂しさをごまかそうとして、空を見上げた。
そのとき、
後ろから聞こえてきた声に振りかえると、そこには煌がいた。
あわてていたのか、変装もせずにフードをかぶっただけで、外に出てきてしまっている。
正直、煌にまで疑われるのは嫌だったけれど、しかたなく私は話し始めた。
最後の方は、言葉がつまってうまく出てこなかった。
けれど、煌は黙って話の続きを待ってくれている。
私は涙声で、必死に訴える。
全部吐き出して、一息つく。
煌は何も言わずに、ただ黙って私を見ている。
最後くらいは明るく終わりたいと、無理やり笑顔を作って笑うと、
いきなり何を言いだすのかと煌を見ると、煌は少し言いにくそうに切り出した。
たしかに、あらかじめ亮さんの時計を私のバッグに入れておいて、偶然見つけたふりをしていたなら……、
自然な流れで私を犯人にできるよね?
そう言って、煌はうーんと考え始めた。
そう言って、煌は私の額をコツンと小突いて笑った。
――その笑顔に、ホッとするやらうれしいやらで、思わず涙がポロリと出た。
私の涙に、煌があわてふためく。
私が聞き返すと、煌は少し赤くなってそっぽを向いた。
煌が一緒に考えてくれるだけで、すごく勇気づけられる。
そこまで言って、はっとなる。
私はすぐに動画を流し始めて、煌と一緒に見る。
祈るような気持ちで、必死に手がかりを探す。
そうして、四つ目の動画を流していたとき、
私の白いトートバッグが置かれたソファの前を、菱田さんがゆっくりと通り過ぎる場面が流れた。
ドキドキしながら、動画を巻き戻して再生する。
よくよく見ると、菱田さんは私のトートバッグのある場所で、少しスピード緩めて、わずかに身をかがめている。
それは注意深く見ないと気づかないほどの、ささいな動きだった。
そう言って、煌はがしっと私の手首をつかんで走り出す。
つかまれた手に思わずドキッとしてしまう。
私は赤くなりながら、前を走る煌の背中を見つめていた。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!