第9話

さよなら、みんな
4,219
2021/07/17 04:00
菱田さんに追い出された私は、しかたなく外へと出ると、あてもなく一人で歩いていた。
春野 小町
春野 小町
どうして、こんなことになったんだろう
今頃、いつもと同じように、みんなに会って、掃除や料理をしているはずだったのに。

困惑ととまどい、納得のいかない思い、やるせなさ……、いろんな感情が私の心の中でうずまいている。
春野 小町
春野 小町
(まさか、こんな形でハウスキーパーをやめることになるなんて……)
三人とのなにげないやりとりが、楽しくて。
いつのまにかこの仕事が大好きになっていた。
……けれど、そんな日々は一瞬で終わりを告げた。
春野 小町
春野 小町
(……みんな、私が亮さんの時計を盗んだと思ったよね)
ハウスキーパーをクビになったこともショックだけど、それ以上に自分が犯人だと思われたことが、もっと辛い。

私と目を合わせようとしなかった亮さんと翔さんの姿を思い出して、胸がぎゅっと苦しくなる。
春野 小町
春野 小町
(もう、前のような関係には戻れない)
一度失った信用を取り戻すのは難しい。
それどころか、信用を取り戻すチャンスすら、私にはもうないんだ。
春野 小町
春野 小町
(……普通の女子高生の私が、三人の私生活に入り込むこと自体、身のほど知らずだったのかな)
じわじわとこみ上げる寂しさをごまかそうとして、空を見上げた。

そのとき、
国立 煌
国立 煌
小町、待てよ!
後ろから聞こえてきた声に振りかえると、そこには煌がいた。
春野 小町
春野 小町
……煌!?
あわてていたのか、変装もせずにフードをかぶっただけで、外に出てきてしまっている。
国立 煌
国立 煌
さっき兄さん達から、小町がクビになったって聞いて……。
いったい、どういうことだよ?
春野 小町
春野 小町
(そういえば……、あの場に煌はいなかったっけ)
正直、煌にまで疑われるのは嫌だったけれど、しかたなく私は話し始めた。
春野 小町
春野 小町
……亮さんの大事にしていた腕時計がなくなったから、みんなで探していたんだけど
春野 小町
春野 小町
……なぜか、私のバッグの中に入っていて
最後の方は、言葉がつまってうまく出てこなかった。
けれど、煌は黙って話の続きを待ってくれている。
春野 小町
春野 小町
……信じてもらえないかもしれないけど、私はなにも知らないの
春野 小町
春野 小町
なんでバッグに入っていたのか、私にもわからないんだよ
私は涙声で、必死に訴える。
春野 小町
春野 小町
でも、菱田さんは、もう私のことが信用できないからハウスキーパーをクビにするって
国立 煌
国立 煌
…………
春野 小町
春野 小町
でもね、亮さんと翔さんもそれを止めなかったから、たぶん二人も同じ気持ちだったと思うんだ
春野 小町
春野 小町
なので、今日をもって、ハウスキーパーのバイトは終わり……です
全部吐き出して、一息つく。
煌は何も言わずに、ただ黙って私を見ている。
春野 小町
春野 小町
いままで、ありがとう。
ハウスキーパーの仕事、すごく楽しかったよ
最後くらいは明るく終わりたいと、無理やり笑顔を作って笑うと、
国立 煌
国立 煌
……その腕時計、いつバッグに入ってた?
春野 小町
春野 小町
え?
いつって……、さぁ?
みんなで探していたら、菱田さんが私のバッグに入っているのを見つけて……
国立 煌
国立 煌
菱田さんが?
国立 煌
国立 煌
……なんか、あやしいな
春野 小町
春野 小町
あやしいって?
いきなり何を言いだすのかと煌を見ると、煌は少し言いにくそうに切り出した。
国立 煌
国立 煌
こんなこと、あまり考えたくねーけどさ……、
それ、菱田さんがやったかも
春野 小町
春野 小町
菱田さんが!?
国立 煌
国立 煌
菱田さん、小町のことやめさせたがってただろ?
それだったら、つじつまが合うし
春野 小町
春野 小町
言われてみれば……
たしかに、あらかじめ亮さんの時計を私のバッグに入れておいて、偶然見つけたふりをしていたなら……、
自然な流れで私を犯人にできるよね?
春野 小町
春野 小町
でも、菱田さんがやったっていう証拠はなにも……
国立 煌
国立 煌
そこなんだよな。
うちに監視カメラでもあれば突き止められるんだけどな
そう言って、煌はうーんと考え始めた。
春野 小町
春野 小町
……って、煌は私が犯人じゃないって思ってくれるの?
国立 煌
国立 煌
あたりまえだ。
……そんなこと、兄さん達だって思ってるよ
春野 小町
春野 小町
でも、二人はあのとき、何も言わなかったよ?
国立 煌
国立 煌
確たる証拠がないのに、菱田さんを説得するのはムリだってわかってるから、その場では何も言わなかったんだろ
春野 小町
春野 小町
私はてっきり、犯人だと思われてるんだろうって……
国立 煌
国立 煌
ばーか。
小町がそんなことするわけねーだろ。
いつだって小町は、俺たちのためにがんばってくれてただろ?
そう言って、煌は私の額をコツンと小突いて笑った。

――その笑顔に、ホッとするやらうれしいやらで、思わず涙がポロリと出た。
国立 煌
国立 煌
なっ、なんで泣いてんだよ!?
私の涙に、煌があわてふためく。
春野 小町
春野 小町
だって、うれしくて……
春野 小町
春野 小町
もう嫌われたと思ってたのに……。
私を信じてくれてたことが、何よりうれしいんだ
国立 煌
国立 煌
……嫌いになんかならねーよ
春野 小町
春野 小町
えっ?
私が聞き返すと、煌は少し赤くなってそっぽを向いた。
国立 煌
国立 煌
とにかく!
無実を証明するための証拠を今から探すぞ!
俺も一緒に考えるから
春野 小町
春野 小町
うん!
煌、ありがとう!
煌が一緒に考えてくれるだけで、すごく勇気づけられる。
国立 煌
国立 煌
問題は、いつ小町のバッグに時計を入れたか、だよな……
春野 小町
春野 小町
そうだね……。
今日、私が家に行った時には、すでに菱田さんはリビングにいたんだよね
春野 小町
春野 小町
それから、翔さんのダンスの練習に付き合うことになって、
スマホで翔さんの動画を撮ってたんだけど……
そこまで言って、はっとなる。
春野 小町
春野 小町
そうだ!
撮った動画に、何か証拠がないかな?
国立 煌
国立 煌
その動画、すぐに見れるか?
春野 小町
春野 小町
うん。
……この四つの動画が、そうだよ
私はすぐに動画を流し始めて、煌と一緒に見る。
春野 小町
春野 小町
(少しでもいいから、何かの手がかりがあれば……!)
祈るような気持ちで、必死に手がかりを探す。

そうして、四つ目の動画を流していたとき、
国立 煌
国立 煌
……あっ!
私の白いトートバッグが置かれたソファの前を、菱田さんがゆっくりと通り過ぎる場面が流れた。
春野 小町
春野 小町
菱田さんが、私のバッグの前を歩いていったけど……
国立 煌
国立 煌
だな。
たまたま前を通り過ぎただけかもしれねーけど……、もう一回、戻して見てみよう
春野 小町
春野 小町
うん
ドキドキしながら、動画を巻き戻して再生する。

よくよく見ると、菱田さんは私のトートバッグのある場所で、少しスピード緩めて、わずかに身をかがめている。
それは注意深く見ないと気づかないほどの、ささいな動きだった。
国立 煌
国立 煌
……ここだな
春野 小町
春野 小町
たぶん……。
時計を入れるところが映ってるわけじゃないけど
国立 煌
国立 煌
けど、これしかあやしい所はなかったし……、
イチかバチか、やってみるか
春野 小町
春野 小町
えっ?
国立 煌
国立 煌
今なら、亮兄も菱田さんも家にいるかもしれない。
早く、マンションに戻ろう!
そう言って、煌はがしっと私の手首をつかんで走り出す。
春野 小町
春野 小町
つかまれた手に思わずドキッとしてしまう。
春野 小町
春野 小町
(こんな状況なのに、ドキドキしちゃうなんて)
春野 小町
春野 小町
(やっぱり私、……煌が好きなんだ)
私は赤くなりながら、前を走る煌の背中を見つめていた。

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