竜胆君が私のことを間違えて、「鈴那」と呼んでから数週間が経った。
最初はいつものようにLINEが来たり、電話が来たりしていたけれど、私はその全部を無視した。
竜胆君との連絡を絶ってから、1週間後に竜胆君は私の家のインターホンを鳴らしたけれど、私は居留守を使った。
我ながら子供みたいなことをするものだと思うけれど、今の状況で竜胆君と会うのはどうしても嫌だった。
自分の中でも答えを見出せないまま、あっという間に数週間が過ぎた頃には、竜胆君からLINEも電話も来なくなっていた。
このまま自然消滅になっていいのかも自分で分からない。自分がどうしたいのかさえ、分からなかった。
スーパーでマヨネーズを見ながら竜胆君のことを考えていると、ふと後ろから声をかけられたので振り向けば、ラフな格好をした鈴那ちゃんがカートを押して立っていた。
鈴那ちゃんがポケットからスーパーのチラシを出して、「本日限り!特売品!」と記載されている卵とマヨネーズを指差し、興奮した面持ちで言った。
竜胆君から聞いている通り、鈴那ちゃんは間違いなく家庭的な女の子だった。
カートの一段目と二段目の籠はどちらも満杯で、野菜、調味料、魚、肉、冷凍食品、日用品で溢れかえっていた。
それから私は鈴那ちゃんと一緒に買い物をして、竜胆君・蘭君・鈴那ちゃんが住んでいるマンションに向かった。
鈴那ちゃんに作ってもらう料理は、お好み焼きにしてもらった。
もっと凝った料理をお願いしようと思ったけれど、竜胆君と蘭君が帰ってくる前には家を後にしたかったので、比較的簡単なお好み焼きにした。
鈴那ちゃんの料理の手際の良さは、竜胆君がお墨付きした通りとても良くて、30分もしない内にお好み焼きが出来上がっていた。
私はビールを、鈴那ちゃんは梅酒を片手に乾杯をする。
目の前にホットケーキみたいに綺麗に焼かれたお好み焼きに、ソースとマヨネーズをかけて食べる。
鈴那ちゃんの作ったお好み焼きは絶品だった。
普段自炊をしたことなんてほぼない私にとって、久しぶりに誰かが1から作った料理を食べて、私は不覚にも感動してしまった。
ただのお好み焼きがこんなに美味しいのだから、それ以外の料理なんてもっと美味しいに決まっている。
竜胆君がいつか「どうせなら鈴那の作った料理で腹一杯にしたい」といった言葉が頷けた。
惨敗だ。何かも。見た目も中身も家事も何もかも、私が鈴那ちゃんに勝てるものはない。















編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!