第2話

いけない
10
2026/02/15 05:35 更新
 次の日、念のために誰かがついていた方がいい、という博士からの助言があったらしく、タブーさんの家に泊めさせてもらっていた。普段から眠る場所ではなかったために、酷く緊張する。はふ、と呼吸が酷くなりそうになった時、タブーさんは頭を撫でてから、砂糖を少し混ぜた水をくれた。甘くて、冷たくて、少し安定した時、タブーさんは、少し抑えたような声量で俺に話しかけた。 

「つれぇもんな、俺も似たような時期があったぜ。知ってるかもしれねぇけど…。なんかあったら無理せず俺様たちに言うとか、帰るとか、していいからな」

 なんもせずに寝るのもありだぜ、なんて言って、自前のチェンソーを丁寧に拭いたりするタブーさん。暖かい言葉に、また溢れそうになる涙をこらえて、ふー、と大きく息を吐きだした。目の周りが熱い。じわじわとする熱が、止まることなくあふれて、また、生暖かい涙がこぼれた。

 数時間して、ようやくかなり良くなったと思った時、インターホンが鳴り響いて、俺の身体も大きく跳ねた。タブーさんは、俺を落ち着かせるように肩に触れて、ポンポンと何度か軽く叩く。ひゅ、と詰まる息が、ふ、ふ、と、軽くなってから、タブーさんはドアの奥に立つ人物に会いに行った。訪問販売ならぶっバラしてやる…と呟きながら。

 そうして、体感で数分ほど経ったとき、玄関の方からタブーさんと、キリンさんが出て来た。目を合わせると、また苦しくなるのではないかと感じて、さっと顔を下に向けた。半分以上残している砂糖水を、少しずつ飲む。段々とぬるくなっている砂糖水に、時間の流れを感じてか、涙が溢れた。

「……今は、落ち着いてるみたいだな。よかったよかった」

 その言葉を聞いて、またあふれる。つくん、と胸が痛んだ。落ち着いていないのがよくないのか、と、そこまで考えて、また下を向く。タブーさんがキリンさんに、「その言い方はないぜ」と言っているのを聞いて、人に気を使わせていると感じ、また胸が痛んだ。

「…ぅ~…」

 嗚咽が漏れ、掠れた声も漏れる。涙は大粒になり、また数時間は、止まりそうになかった。

 タブーさんが、俺の隣にゆっくりと座り、背中をさする。キリンさんは、俺の頭を撫でながら、「だいじょーぶ、だいじょーぶ…ゆっくり息しよーなあ」と、柔らかい物言いで語り掛けてくる。段々と思考もぼやけてきて、ただただ、先輩二人に気を使わせてしまっていることに対する申し訳なさと、こんなにも尽くしてくれているのに、すぐによくなるわけでもない己への怒りとが入り混じり、涙が止まることを知らぬように、また勢いを強めた。えぐ、んぐ、と嗚咽を繰り返し、二人からの辛抱強い介抱のおかげもあって、想像していたよりも早く涙はおさまった。泣いていた名残から、まだ少し浅く呼吸を繰り返す俺に、二人は何を言うでもなく、じっと背中や、頭を撫で続けてくれていた。

「…ギャパ、そういや晩飯まだだな。何が食いたい? キリンもどうせ食うだろ。二人とも言ってみろ。冷蔵庫ん中にあるもんで作れるのを言ってくれたら作ってやる」

 タブーさんがそう言い、キリンさんと俺にそれぞれ指をさす。キリンさんは、ハンバーグ!! と元気よく答えていた。俺は、何を思いつくでもなく、ぼー…とタブーさんの顔を眺めていた。正確には、タブーさんの首あたりを。…なんせ、困るのだ。何が食いたいかと聞かれて、パッと思いつく事でもない。キリンさんのように、今食べたい物があるわけでもなし。俺は、食べ物と言えば、と連想ゲームを繰り返して、しかし食べたいものでもない、と思いついたものを切り捨て続けた。

「…あ」

 ぽつん、と、俺の声が響く。ひき肉ねえよ! とキリンさんの頭を思い切りはたいていたタブーさんが、俺の方を向いて、柔らかい、暖かい口調で「どうした?」と聞いた。途端にお腹が空っぽであることを思い出したかのように、腹の虫が鳴る。キリンさんが、薄らと目を細めて笑いながら、こちらを見ていた。ふんわりとした雰囲気を感じて、胸が暖かくなる。じんわりと目頭が熱くなっていく。涙があふれてしまう前に、掠れて、嗚咽から、震えから声が出なくなってしまう前に、と、慌てて口を開いた。すでに薄らと声は震えていた。

「シチュー…」

 二人が、目をぱちくりとさせる。タブーさんが冷蔵庫の中身を確認しに行った時、具材がなければどうしよう、と大きな不安に駆られて、背中が冷たくなった。タブーさんは戻ることなくキッチンに立ち、俺に向かって話しかけた。

「よかったな!! 具材あったぞ!」

「おー! よかったじゃねえかハック。シチューあったかくていいよな」

 キリンさんが、タブーさんの代わりというように隣に座って頭を撫でてくれた。ふわふわと高まる思考に、タブーさんの鼻歌が混じって、口角が少し上がった気がした。その日食べたシチューは今までで一番おいしい気がした。

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