定時を告げるチャイムが鳴って、私は席を立つ。
「お先に失礼します」
「はい、お疲れ様でした」
そう言う小島さんも、のんびり帰り支度をしてる。
なんとも緩い職場。
マキちゃんとは更衣室で待ち合わせをしてる。
久し振りの女友達とのお出掛けに、私はウキウキしていた。
「あ、立花さん」
「はい」
「気を付けて帰ってね」
「ありがとうございます」
小島さんが笑顔で手を振る。
私も笑って一礼して、社史編纂室を後にした。
更衣室でマキちゃんを待っている間に、『マキちゃんとご飯を食べてから帰ります』って社長にLINEをした。
既読はつかない。
きっとまだ忙しく働いているんだろう。
一人スマホをいじっていると、ハルちゃんから私を心配するLINEが入っていたのに気付いた。
大丈夫、ありがとうって返事を打っていると、更衣室に続々と入って来た女子社員たちの冷たい視線を感じる。
ヒソヒソ話声も。
「あの人…社長の」
「やだあ、よく平気な顔して来れるよね」
平気な訳ないじゃない。
だけど私は、何も悪いことなんてしてない。
だから社員として、ちゃんと仕事をしに会社に来る。
まだあの日から1週間経ってないし、こうなるのは仕方ないことだとわかってはいたけど…
やっぱり居たたまれない。
マキちゃん、早く来ないかなあ…
一向に既読にならないLINEのトーク画面をじいっと見ていたら、「遅くなってすいません!」ってマキちゃんの声。
「マキちゃん!お疲れ様」
「ごめんなさい、社長と常務とのお話が長引いてしまって」
マキちゃんの口から出た社長というワードに、更衣室の空気がピキンと凍る。
「あっ…すいません!私…」
「ううん、気にしないで!行こう?」
「はいっ」
刺さるような視線を一身に受けながら。
私はマキちゃんと二人、逃げるように更衣室を出た。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!