第18話

Ep18
230
2024/06/02 08:14
後藤
あなたせんせ!ちょっといいー?
暦の上では冬の10月、初週の金曜日

午前の授業もきっちりこなしてお弁当を開けようとしたときに嫌な人影が目尻に入った。
嫌な予感というものはよく当たるもので、にょっきりと後藤先生の顔が耳に触れる距離に来てしまった。

だから、距離感がバグりすぎなんだって
あなた
ご、後藤先生…どうされました?てかちょっと近いです…
後藤
ごめんごめん、次の授業で振り子使うんだけどさ
結構多いから持ってくるの手伝って欲しくて
あなた
振り子、ですか

なんだ、今日はウザ絡みじゃなくて頼み事だったか

最近一段と距離が近いからすぐに戦闘モードに入っていたけど、まぁ後藤先生も色狂いな訳でもないし。ちょっとだけ自意識過剰だったかも
あなた
分かりました、じゃ───
桜木まおり
はいストップー!残念後藤先生、齋藤先生はもう私が予約しちゃってるんですよねー
立ち上がろうとした瞬間にぎゅんと腕を引かれ、ローラーの椅子ごと私は後ろに転がった。
頭上から降ってくるまおりの声はおちゃらけたように明るいのに、見上げてみた彼女の目は全く笑ってなくて絶妙に怖い。
後藤
…何?桜木先生、俺齋藤先生と用事あるんだけど
桜木まおり
だから、私が先約です。私と齋藤先生で今から用事があるんです
後藤
は?いや聞いてないんだけど
桜木まおり
逆になんで後藤先生に言わなきゃいけないんですか。それとも先生が手伝ってくれます?カエル連れてくるんですけど
後藤
か、カエル…?
桜木まおり
はい、20匹。生きてますよ
あなた
カエル、、、生きてる
後藤
いや、、、大丈夫。齋藤やっぱいいや、桜木先生の手伝いしてあげて
すっかり青くなった後藤先生はそそくさと職員室から出ていってしまった。
大丈夫だろうか、てゆうかまおりと約束なんて何の話だ?

カエルとか、、、まじ?
桜木まおり
よし、じゃあ行こうか
あなた
待って待って待って、生きてるカエル20って本気?私爬虫類とか無理なんだけど!?
桜木まおり
カエルは両生類だから大丈夫ね
あなた
そういうことじゃないよ!私生き物とか触れないんだって
桜木まおり
触らなくていいよ。あんたは着いてきてくれればいいの
あなた
…えっ?
桜木まおり
とりあえず行こ
へへんと何故か得意げに笑うまおりに置いていかれないように急ぎながら、カエルに触らないでいいことに心底安心した。

2階にある生物準備室に向かう廊下から真下を見下ろすと、職員専用の駐車場が見える。何の気なしに見ていたところで、まおりがほれ、と指を指した。
趣味の悪い真っ赤なスポーツカーに乗り込んでいく後藤先生だ。
あれ、授業って言って……


そういう事か
あなた
そうだった。2年が修学旅行だからあの人午後の授業無いんだ
桜木まおり
そのとーり。私ナイスプレーだったでしょ?あのまま後藤にヘコヘコ着いて行ってたら何されてたか。もっと気をつけなさいよ?
あなた
ほんとにありがとう、危なかったぁ
桜木まおり
しかし、最近ほんとあいつ露骨よね。あんたのことばっかり見てるの気づいてる?
あなた
うん…なんかいちいち距離近いし、凄い2人になりたがるんだよね
桜木まおり
きっも!あんたももっとガツンと言ってやんなさいよ
あなた
それはねぇ、最低でもあと半年は一緒の職場だからさ。揉めたくはないじゃん
桜木まおり
…確かに。あいつか離任してどっかに飛ばされることを願うしかないわね
ゴミを見る目でスポーツカーを見つめるまおりに心底同意しながら、やっぱりあいつは色狂いだったと確信した。

桜木まおり
まぁ後藤のゴミはありえないけどさ
あんた最近どうしたの?
あなた
ん?どうって何
桜木まおり
…バレてないとでも思ってんの?あんた男出来たでしょ
あなた
は!?そ、そんな訳ないじゃんなんで急にそんなこと言うのよ
桜木まおり
で、今日はデートですか?
あなた
……違うよ?
桜木まおり
違わないよ?…ほんとあなたって分かりやすいわ
桜木まおり
いっつもジャージかパーカーですっぴんのあんたが、スカート履いて化粧してオマケにピアスまで。デート以外無くない?
あなた
…よく見てらっしゃる
桜木まおり
そりゃ気づくわよ。で、どんな人?私も知ってる?
すっかり桜木先生からまおりになっている彼女の興味を逸らすことができるものは、残念ながらここには無い。
意外と整えられた準備室の中、脚の短い椅子を勧められて私とまおりは向き合って座った。
奥まった部屋で近寄ってくる生徒も教師も殆ど居ない。オマケに私もまおりも5限に授業は入っていない。
夏休みの時と同じだ

キラキラしてる目を一身に受けながらどう説明しようか、とぐるぐる考える。
確かに今日はほっくんと出かける約束をしているし、イタリアンに行くからと綺麗めのワンピースを着ている。正直メイクにも時間をかけた。


でも、たしかに知ってる人だけど

流石に松村北斗だよとは口が裂けたって言えない。
元々知り合いだったことすら言ってないのに、2人で会ってるなんて知ったらまおりが仰天してしまう。
あなた
…えっとね、、中学の時の同級生だよ。最近たまたま会ってさ

うん、嘘では無い
芸能人でアイドルだというオプションを除いたらほっくんは中学の同級生でくくれる人だ。
桜木まおり
えーいいね、再会からの恋愛。付き合ってどんくらい?
あなた
付き合ってないよ?…うん
桜木まおり
え、なんで?付き合わないの?
あなた
……うーん、なんて言うか
桜木まおり
好きじゃないの?
まおりのその質問が、私が1番考えないようにしていたことだった。
ほっくんに対して抱いているこの感情が、中学時代を懐かしむ気持ちでも友達としての好意でも無いことなんてあの日から気がついている。

夏休みの最終日
花束を手渡された瞬間に、もう本当は分かっていた


違う
本当はあの日の職員室の時から気づいていた。

好きだって言われて、ダメだと思ったけれど
それと同じくらい嬉しかった。
あの頃から特別だったほっくんとまた会えて、好きだって言われて。

でも今ほっくんはアイドルで、テレビの中で沢山の人に応援される人。私は変わっていないとほっくんは言ったけれど、ほっくんは変わった。

私とほっくんが並んで歩くことなんて許されない。



許されないのに
桜木まおり
…その男が女の影がいっぱいあるとか、そういうの?
あなた
違うよ、、、彼はそういう人じゃない。…ちゃんと好きだって言ってくれた
あなた
でも、私の決心がつかなくて
…釣り合ってないからさ、全部が
桜木まおり
うーん、、、よく分かんない。昔じゃあるまいし釣り合うとか釣り合わないとか無くない?
桜木まおり
あんたは充分イケてる女だよ
あなた
ありがとう、でも…
桜木まおり
…まぁいいたくなさそうだから無理には聞かないけど。あんたにその気がないならもう会うのはやめた方がいいんじゃない?
桜木まおり
その人はあなたのことが好きで会ってるんでしょ?思わせぶりになっちゃうし、引きづったら相手が可哀想じゃん
あなた
…そうだね
まおりの言う通りだ

ほっくんは最初から気持ちを見せてくれているのに、私はそれに甘えるだけで何も自分で決めてない。


きちんとケジメをつけよう
あなた
うん、もう会うのは辞める
桜木まおり
…それで後悔ないの?
あなた
…うん

後悔なんてしない

きちんと分かってる。私は一般人で、彼は芸能人だ

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