事務所へ入ると、ビョリのソロコンサートの打ち合わせが行われていた。
みんなの中心となって笑顔で話しているビョリの隣にいるのは……
……そうだよね。今回のスペシャルゲストだもんね。
そう言い聞かせたところで、この心に歯止めは効かないものなのね。
隣にいるんだもん。フィインが。
打ち合わせが終わり、スタッフさんたちが解散するとビョリとフィインが仲良さげに2人で部屋から出てきた。
私はその部屋の扉の前で、スマホをいじりながらビョリを待っていた。
どうしたの?じゃないのよ
私たち恋人同士なのに理由がないと会えないわけ?
かと言って、意地を張っている私だからここで素直に会いたくて来たなんて言えるわけがない。
ぶっきらぼうに返事をした。
そしてフィインはいつもの調子で冗談を言ったりしてムードを作ってみせるものの
肝心な私は本調子が出ずに、終始笑うことすら難しかったと思う。
だから途中でビョリを借りることにしたの。
私の思ってることがバレないようにね。
ビョリは置いといて、フィインは意外と分かっちゃう子だから。
そして人のいないトイレの鏡の前で、お互い化粧や髪型のチェックをしながら
何気ない感じで、私は自然に話を切り出してみた。
後から自分でハッとしたけど、思わず出た言葉だったから
ビョリからしても???状態に違いない。
慌てて言葉を付け足した。
私のほっぺに触れてむにむにと意地悪してくるビョリの手をパシッと払い除けて、きつめに睨みつけた。
そして私は事務所を後にした。
ビョリからは一言、ごめんね、と気をつけて帰ってね。だけ。
トイレから出た時、フィインとすれ違ったけど
フィインには申し訳ないけど、今の私にはいつもの笑顔で返事を返すほど心に余裕がなかったから。
ほら、やっぱり。
私まだ何も言ってないのに、すぐにわかっちゃうのこの子。
たしかにこの心のわだかまりの原因になってるのは間違いなくあなただけど、
ただ私が勝手に羨んでるだけ
責任を感じてほしくないから、私は何事もないかのように振る舞うの。
そして車の後部座席に乗り込むと、私は座るなりすぐにイヤホンをつけた。
本当はスピーカー派だけど、1人の時間が欲しくて。
こうしてイヤホンをつけることで外界をシャットアウトできる気がしたから、逃げるように爆音で音楽を鳴らした
"私の携帯のプレイリストが悲しい歌で埋め尽くされてる理由"
"この歌のように私を慰めてくれる気がしたから"
ビョリのラップパートをなぞるように歌った
はぁ…ため息が漏れるよ。
私、馬鹿みたい。なんともないことで1人頭を抱えて、仕事で忙しい2人を巻き込んだりして
情けない。なんでこうなの…
何もないってビョリが言ったから信じるしかないじゃない。
何が悲しくて、私は、こんなにも……
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!