第83話

Golden Hour ◇ story 79.
4,723
2025/10/20 13:03 更新


指先がサーっと冷たくなっていく。


血の気が引くって、こういう感覚なんだ───。



さっきまでのドキドキとは明らかに違う
激しい“動悸”のせいで、心臓が頭の中にあるみたいに
耳元でドクンドクンと脈の音が聞こえる。




あなたの推しくん、好きな人いるんだ───。




それは今まで考えたこともなかった…



いや。

考えたくなくて、目をそらし続けていた現実だった。



何かが喉に詰まった時みたいに
喉がふさがっている感覚がして、
一瞬、呼吸の仕方すら分からなくなった。



…そっか。

好きな人、いたんだ…。



その事実は私の心を末端から徐々に凍らせていく。


私の気持ちに気づいてほしいとか、
特別になりたいとか、
そういう次元じゃなかったんだ。


いろんな考えが頭を駆け巡って思考がまとまらない。



あなたの推しが傘の下で言った
「普通に接してくれた」という言葉も、
さっき準備室で言った「事故だから」という言葉も、
私に勘違いさせないために釘を差していたんだ。




あれは私への言葉じゃなくて、

“彼の好きな人”への配慮だったんだ。




そのあなたの推しらしい配慮に、
泣きたいような笑いたいような変な感情が湧き上がる。




…あなたの推しのそういうところが、好きなんだ。


でもそれは、私ではない他の誰かに
向けられているんだね。





あなたの推しはその“好きな人”に、
私の知らないところで、私にしてくれたみたいに…

いや、それ以上に優しく接したりするのかな。




そう考えると、胸が引き裂かれるように苦しい。



…だったら、休みの日に一緒にでかけたり、
朝まで電話をしたり、夏休みに映画に誘ったり、
はんぺんの絵をくれたり、しないでよ。




優しく笑いかけたりしないでよ。




全部全部、私側の問題なのに、
あなたの推しを攻める言葉ばかりが浮かんで嫌になる。


あなたの推しの「友達」でいいから
そばにいたいと願ったはずなのに。


あなたの推しの視線の先に、私ではない
他の誰かがいるのを見る日が来てしまうなら、
いっそ彼のいなかった世界へ戻ってしまいたい。



あなたの推しに告白して、
ちゃんと振られたら楽になるのかな。


恋がこんなに不自由だなんて、知らなかった。


始めるのは簡単なのに、
終わらせるのは一人ではできないなんて。





廊下の喧騒は、自分の心音に掻き消されて、
目の前も真っ暗だ。

ただ、足だけは意志のないロボットみたいに
教室に向かって歩いていた。





その時、廊下ですれ違ったあなたの幼馴染が
私を呼び止めた。

あなたの幼馴染
あれ?あなたのあなたの名字ちゃん、実行委員の方はもういいの?
あなた
…。


顔を上げると心配そうに私の顔を覗き込む
あなたの幼馴染と目が合った。


その瞬間、緊張の糸が切れて目元が熱を持つ。

あなたの幼馴染
え!?どうしたの??


私は何も答えられずにうつむくことしかできなかった。

今、何かを話そうとしたら、言葉と一緒に
涙までこぼれてしまいそうだった。



そんな私を見たあなたの幼馴染は何かを察したように
小声で囁いた。

あなたの幼馴染
こっちで話そ


そう言うと、廊下の突き当たりにある
人気の少ない階段の方を指差した。


言われるまま、あなたの幼馴染の後ろをついて歩く。


あなたの幼馴染は階段を登って踊り場より上の、
死角になる階段の2段目に腰を下ろした。

あなたの幼馴染
ここ、ほとんど誰も来ないから


あなたの幼馴染がそう言って、自分の座った
階段の隣を叩いて私に座るように促した。


私も言われたとおりに階段に腰を下ろす。


ビニル製の床の無機質な冷たさが
ひんやりとおしりから伝わってきた。




何も言わない私に、あなたの幼馴染は優しく問う。

あなたの幼馴染
…あなたの推しの噂、聞いちゃった?


あなたの幼馴染のその一言だけで
「噂」があれ・ ・だとすぐにわかる。




私は小さくうなずいた。

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