電車が学校に近づくにつれて、
車内の乗客も増えていった。
私は右隣に座るあなたの推しにも
左隣に座るサラリーマンにも肩が触れないように、
膝に置いたバッグに乗せた手に力を入れて
肩をすぼめて座っていた。
それに気がついたあなたの推しが私を見る。
そう言ったあなたの推しが少し腰を浮かして
右隣にずれると、ほんのわずか、
私たちの間に隙間ができた。
近すぎる、と思ったけれど、
私はあなたの推しが空けてくれた隙間を埋めるように
あなたの推しのほうへと詰めて座り直した。
案の定、肩も腕も腰も太ももも、
私の体の右側全部があなたの推しに触れてしまう。
それとは逆に、体の左側には隣の人との間に
少しスペースができた。
体の右側に感じるあなたの推しの熱い体温が、
昨日背中に感じたぬくもりまで
フラッシュバックさせる。
ドキドキと速まる脈が、
触れた腕からあなたの推しに伝わってしまいそうで、
しずまれしずまれと言い聞かせてみるけど意味はない。
私は膝に置いたバッグをぎゅっと握りしめながら、
あなたの推しに触れている体の右側を
意識してしまわないように、
気を紛らわせようと適当な話題を探す。
そのとき、彫刻みたいに血管が浮き出た
あなたの推しの腕が目に入った。
口に出してから、はっと我に返る。
これだと、私があなたの推しのシャツを
毎日チェックしている変態みたいじゃん──
私の焦りなど気づいてもいなさそうな
あなたの推しがうなずいた。
そう言ってあなたの推しが笑ったから、
また胸がどきどきと速くなった。
………
学校の最寄り駅につくと、
周りにはちらほらと同じ学校の生徒が歩いていた。
いつもは駅に向かって歩く道を、あなたの推しと並んで
辿るように歩くのは変な感じがする。
それでも私たちはいつもどおり、ぽつりぽつりと
とりとめのないことを話しながら学校までの道を歩いた。
少し沈黙があった後、あなたの推しがふう、
と小さく息をついた。
急にあなたの推しが真剣なトーンでそう言ったから
ドキッとした。
歯切れが悪いあなたの推しの言葉に、
再びドキッとする。
それはたぶん、準備室での出来事が原因じゃなくて。
あなたの推しに好きな人がいると知ってしまったから。
その動揺を態度に出さないように、
いつもと同じように振る舞おうと努めていたのに
あなたの推しにはバレバレだったんだ。
思い当たる節はあったけれど、どうにか誤魔化す。
私の否定に、珍しくあなたの推しが食い下がる。
小さな声でそうつぶやくあなたの推しに、
胸がぎゅっとなる。
それは準備室での出来事と、
あなたの推しに好きな人がいることを知ったのが
だいたい同じタイミングだったからだ。
あなたの推しの一言に顔が熱くなる。
本当は、昨日からずっと思ってた。
だけど意識してしまったら
もっと普通に接することができなくなって
しまいそうで、考えないようにしてた。
だけどあのとき本当は、あなたの推しの体温に包まれて
「抱きしめられてるみたいだな」って思ったんだ──。
あなたの推しに名前を呼ばれてハッとする。
思わず顔を上げると、眉間にシワを寄せて
不安そうに私を見下ろすあなたの推しと目が合った。
どうしよう、火が出そうなほど顔が熱い。
あなたの推しに真っ赤な顔、見られちゃったかな……。
そうはわかっていても、
自分の意志でどうにかできるわけもなくて、
うつむくことしかできない。
こうなったら準備室でのこと、
素直に「恥ずかしかった」と言うべきかもしれない。
だって、あなたの推しに好きな人がいることは
あなたの推し本人に聞いたわけじゃないから
話題に出せないし……。
それにもし、「うん、そうなんだ」って肯定されて、
あっさり「〇〇さんが好きなんだ」って
私じゃない誰かの名前が出てきたら、と思うと
怖くて言えない。
だったらもう、
素直に準備室での出来事が恥ずかしくて、
どう振る舞えばいいかわからなかったと
打ち明けてしまうほうが、きっと楽だ。
私は覚悟を決めて、おそらく、
真っ赤になっている顔を再び上げた。
思い切ってそう言うと、
あなたの推しはなぜだか何も言わずに
固まってしまった。
その反応が予想外過ぎて、感情が読めなさすぎて、
焦った私は言葉を付け足した。
私が私が内心焦っていると、
あなたの推しの表情がふ、と緩んだ気配がした。
そう言って、やっとあなたの推しが笑った。
緊張から開放されたみたいにはにかむ
あなたの推しの言葉に、
私の心臓はドキドキと大きな音を立てる。
それって、どういう意味……?
ドキドキしすぎて心臓が爆発しそう。
だけど、今黙ってしまったら、次に何か言葉を
口にするのが難しくなってしまいそうな気がして
私は冗談めかしてあなたの推しの腕をひじでつついた。
あなたの推しは私の方を見ずに
といつものトーンで言った。
そのあっさりとした肯定に、
私は思わず「え?」と聞き返す。
そう言ったあなたの推しがいたずらっ子みたいに笑った。
それは、初めてふたりで文化祭実行委員に出席した
あの日の放課後、私の下手な嘘に冗談を言って笑った
あの時と同じ笑顔だった。
文化祭は実行委員の仕事に集中すると決めたのに。
あなたの推しの言葉はまた、私を悩ませる。
私に甘い期待をもたせる。
あなたの推しの好きな人が、私だったらいいのに──。
私は胸のざわめきを無理やり抑え込み、
「桜ヶ丘高校 文化祭」と書かれた
大きな門をくぐった。
このどうしようもない愚かな甘い願いを、
早く、文化祭の熱気でどろどろに溶かして
なかったことにしてしまいたかった。
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•.\ Thank you for reading ! /. •
フォロワー限定公開の「活動報告」にスピンオフを公開しました。
1話を差し替えようか悩んだ時に書き直した1話です。
結果的に差し替えは行いませんでしたが、可愛い内容になったので
2人のスピンオフとして楽しんでいただけたらと思って公開します!
あなたちゃんとあなたの推しくんが前後の席になった日のお話です。
1話として書いたので公開中の1話と同じ説明パートもありますが、
もしよかったら読んでいただけると嬉しいです!
▼ 活動報告













編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!