店内は、いつも同じ匂いがする
香水と酒と、甘い煙草と
少しだけ残る疲労の匂い
それを嗅いだ瞬間、体のスイッチが切り替わる
「ユウリちゃん今日も来たよー!」
指名席に向かうと、すでに出来上がりかけの男が手を振っていた
四十代後半、会社経営
羽振りはいいけど家庭は冷えてるタイプ
椅子に腰を下ろすと同時に、自然に距離を詰める
声のトーンを半音落とす
笑顔は大きすぎず、でも歓迎は伝わるように
男は嬉しそうに頬を緩めた
「はぁ〜……やっぱユウリちゃんだなぁ」
グラスを持つ手にそっと触れる
個性が、反応する
体の奥に重さが流れ込んでくる
肩の凝り
頭痛の残り
胃のむかつき
焦燥
苛立ち
言葉にできない疲労
「なんかさぁ」
男が笑う
「やっぱりユウリちゃんといると疲れ取れるんだよな、不思議だよなぁ」
笑顔を作り会話を回す
仕事の愚痴
部下の話
家庭の距離
成功体験
全部肯定して、でも持ち上げすぎない
“安心できる場所”を作る
二時間後、男は明らかに来た時より軽い顔をして帰っていった
テーブルを離れた瞬間、視界が一瞬揺れる
休憩スペースに入ると、後輩がスマホを見ながら騒いでいた
「今日終わったらみんなで飲み行きません?!」
「いいね〜!ユウリさんも行きましょ!昨日来てくれなかったじゃないですか!」
「そっかぁ!また今度!」
背中を向けた瞬間、表情が消える
——だからその時間あるなら営業LINE一本でも送れよ
視線が自然に後輩の肌に向く
——あの子もスキンケア雑だ
メイクで誤魔化してるけど、厚塗りで崩れ方が汚い
今月たぶん落ちるな、あの子
別に嫌いじゃない
キャバ嬢の世界じゃなくても普通に好かれるタイプだ
——こっちは命かけてキャバ嬢やってんだよ
思考は止まらない
分析は癖だ
トップに立つって、こういうことなんだと痛感する
私は情も、余裕も、全部削ってここにいる
スマホを見れば通知は山ほど
営業
客
店
連絡
その中に、見慣れない名前はない
……当たり前だ
昔の友だちになんて、もう何年も連絡を取っていない
——こんなとこで、何してんだ
小さく息を吐く
分かってるくせに
靴を履き替えて店を出る
夜風が冷たい
体の奥に溜まった疲労が、ゆっくりと重さを増していく
でも歩ける
まだ平気
スマホが震えた
「今日はありがとう!また行くね!」
『こちらこそありがとうございました☺️』
——ねえ、勝己
答えは分かってる気がして、少しだけ嫌になる
夜のネオンが、滲んだ












編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。