第42話

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2022/04/03 18:20




それから約二ヶ月。紗夏さんと再度連絡先を交換して、着々と事を進めて行った。




まずはおばあちゃんの墓石の引越し。資料諸々は私が確認して、紗夏さんにして欲しいことを全て連絡して。




遠隔操作されてる気分や、なんて笑っていた紗夏さんは完璧に見届けてくれた。




私は二ヶ月の間、相変わらず国境を飛び回っていたためになかなかあの家へと戻ることは出来ずにいた。




二ヶ月のうち日本にいた日数は一週間にも及ばない。




米国、英国、韓国に中国。




アジア圏から少し離れた北欧諸国にも顔を出し、この二ヶ月でまた仕事量も増えたように思う。




私が日本にいない間に、兄さんと父さんが交互に社内チェックをしてくれていた。




秘書から聞くところによれば、社内摘発によりかなりの幹部が異動及び辞職へ追い込まれたと。




まだまだだな、と父さんは笑っていたが、これがもし社外にまで及んでいたら...考えたくもない。




そして二ヶ月後の今日。私はようやく、五年ぶりに別荘へ訪れることとなった。




...招く予定のなかった人間を連れて。



























秘書
あなたさん、着きましたよ
あなた
ん......あれ、あの人は...?
秘書
...挨拶しなきゃ!って、出て行かれました。
あなた
はぁ...ごめん、先に降りてる。どうせ田舎だし、路駐してそこの家来て
秘書
分かりました、スーツはどうされますか?せっかくならラフな格好で...
あなた
いや、いい。お墓参りって名目にはあってるだろうしね、この服。




秘書にそう告げて、車を出る。




相変わらず楽しそうな彼女を、未だに私は好きになれない。と、いうか。なるつもりはない。




一生彼女にやられた所業を忘れることは出来ない。




いじめをした方は、記憶からすっかり抜けてる。




ただ"楽しかった"感情だけが脳に記憶されて、"何をして"楽しかったのかが残ってない。




...彼女の場合は、それが残ってるのに悪気がないような面で私の隣にいる。これ程反吐が出る話はない。




懐かしい門に、家。微かに見える塀の内側には夏の季節感が漂っていた。




向日葵に百合、ラベンダーなど...昔の面影の中にちらほらと新しい可憐さが加わっていた。




目の前には相変わらずはしゃいでいる婚約者。




少なくとも今よりかは楽しかった懐かしい記憶と、それとは裏腹に感情が減った今のギャップに吐き気がした。




シヒョン
シヒョン
あなた、こんなおっきいところに住んでたんだ
あなた
...!ねぇ、そこ花咲いてんだけど。踏むなよ
シヒョン
シヒョン
あ、ごめん...これ全部あなたが植えたの?
あなた
違う。大概は母さんで...後は、同居人
シヒョン
シヒョン
同居人?あなた以外にも住んでる人いたんだ?
あなた
いたって言うか、いる。
シヒョン
シヒョン
ふ〜ん...ね、呼び鈴鳴らしていい?
あなた
シヒョンが鳴らしてどうすんの。知らないでしょ、誰も
シヒョン
シヒョン
あ、そっか。笑




抜けてるのか、わざとなのか。




わざとらしく腕を絡める彼女にまたため息をこぼして、そのボタンを押した。




鳴り出した途端に中からは懐かしい声が聞こえてくる。




今の私の状況を見たら、どんな反応をするのか




喜んでくれるだろうか?五年ぶりの再会を。




それとも、怒られるだろうか。どうしてこんなにも会いに来なかったのかと。




...どちらにせよ、私はもうここへ簡単に来ることは出来なくなる。




どうでもいい、あの五人の反応なんて、どうでも...




















"えっ......あなた...!?"




















目の前に現れたのは、五年経っても変わらない、綺麗な顔。




あの日、私が身勝手に抱き落としてしまった顔。




忘れようにも、忘れられるはずがなかった。




この五年間で、嫌でも思い出してしまうほどの頻度で名前を聞いたんだから。




彼女は私を見るなり私の胸へ飛び込んだ。隣に仮にも婚約者がいるというのに、お構い無し。




彼女の一声で呼ばれてきたのか、中から続々と出てくる四人もまた私を見て同じような顔をして、飛び込んでくる。




今にも後ろに倒れそうな身体を支えて、えづき始めた五人を受け止めて。




引き剥がされた婚約者は、どんな感情なのか読み取ることのできない複雑な顔をしていた。




ユナ
ユナ
あなた......あなたの、バカぁ!!
あなた
っ...相変わらずうるさいね、ユナは
イェジ
イェジ
五年も来ないなんて、酷すぎるよ、ほんとに、酷い....
リア
リア
ずっと、帰ってくるの、待ってたのに...
チェリョン
チェリョン
あなたの部屋も、掃除して待ってたんだよ...?
あなた
うん...ごめん、帰って来れなくて。
リュジン
リュジン
っ...あなた、あなた......
あなた
うん...ただいま、リュジンオンニ。




人一倍、距離が近かったリュジンオンニ。




特別な思い出はないけれど、日常の全てにリュジンオンニの存在があった。




縋るように抱き締めてくれる彼女に、婚約者の存在をどう説明しようか。




そんな事を考えながら、涙目のチェリョンオンニに案内されて建物内へ足を踏み入れる。




懐かしい風景。




五年前から何も変わらないその風景が、少し不愉快だった今までの気分を払拭してくれたような気がした。


































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