夜汽車を降りると、潮の匂いがした。
夏の夜の湿った風が、頬にまとわりつく。
ボクと未來は、港町の小さな宿にチェックインした。
古びた木の階段を軋ませながら、部屋へ向かう。
未來は、グチグチ言うボクにふっと笑った。
その笑顔を見ていると、胸が少しだけ、苦しくなる。
部屋の中は、畳敷きの和室だった。
ちゃぶ台と古い扇風機、それから二組の布団。
窓を開けると、かすかに波の音が聞こえてきた。
狭過ぎず、広過ぎず、たった二人で泊まるにはちょうどいい広さだった。
未來は急にカメラを取り出し、パシャ、とシャッターを切る。
――全部残しておきたい。
その言葉が、ボクの胸に深く突き刺さった。
ボクは「全部終わらせたい」って「どう足掻いても無駄」って考えていたのに。
未來はカメラを抱きしめるみたいに持ち直す。
その仕草を見て、ボクは簡単に言葉を失った。
そして時が過ぎ、すっかり日が落ちると、ボクは二つの布団を並べて敷く。
わざと少しだけ距離を空けて。
少し古い扇風機がゆっくり首を振りながら、部屋に涼しい風を送る。
外では波が砕けて、遠くで虫の声が重なる。
ボクは未來の方を向いて一言こぼす。
一瞬の間だけ、この部屋に沈黙が落ちた。
古い扇風機の音だけが響いている。
未來は、ボクのほうをそのまま見ずに言った。
でも、その声は震えていた。
二人で布団に横になって、天井を見つめる。
ボクはまた心の中で呟く。
――しにたい。
でも勇気はないから、また今度。
隣の布団から聞こえる未來の寝息に、ボクは静かに目を閉じた。
To be continued……












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!